中居正広の飯島愛追悼の涙は「いい奴」……ならば……

6日、SMAPの中居正広らが『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)の300回記念番組で、一昨年3月まで同番組のレギュラーを務めていた飯島愛を追悼した。

中居は「何にもしてあげることができなかった。お酒でもゆっくり飲んで話してみたかった。後悔してます」と涙ながらに話した。

芸能人が亡くなったとき、実はさして親しくもない者が、「どうして相談してくれなかった」的なコメントで涙を流す鼻白なシーンは定番だ。

が、中居の場合は、「酒を飲むほどの親しい間柄でもなかったから、そうなっていれば何か力になれたかもしれない」というニュアンスだから、そういったわざとらしいものに比べれば素直な追悼といえるだろう。

追悼をネタにするになというWeb掲示板の書き込みもあったが、無関係ならともかく、元レギュラーなのだから追悼する回を設けたっていいのではないだろうか。何でもひねくれて解釈して誹謗中傷すればいいというものでもあるまい。そんな了見だから、スマイリーキクチの件で18人もパクられるのだろう。

森且行のレーサー転向会見のとき、SMAPのメンバーは事務所の方針もあって駆けつけられなかったが、中居だけは、「これまで一緒にやってきたんじゃないですか。少なくとも僕は出ますから」とこの命令に反して、自分がかつて憧れていた読売ジャイアンツ・仁志敏久のユニフォームを着て会見に臨み、森へのはなむけとした。

もっとも、中居は隣人、友人に対してはそれほどいい奴である一方で、深い関係にある女性については決して「いい奴」ではないようだ。

たとえば、今は休刊した『噂の真相』(2000年12月号)に、付き合っていた女性が、彼との交際や、ジャニーズ事務所の介入によって半ば無理矢理に中絶させたとの告白を行っている。しかも、配偶者欄に直筆で「中居正広」とサインされた人工妊娠中絶同意書が誌上公開され、続く2001年1月号では、同誌のサイト「WEB噂の真相」で、2人の電話のやり取りをあらためて誌上に再現。その音声ファイルまで公開された。

しかも、交際相手が中絶をするだけでなく、SMAPの育ての親と言われている飯島三智と思しき人物が相手女性との交渉を行ったという。中居クン、自分のことじゃないか。なぜマネージャーが介入するのだ。

写真雑誌(『フライデー』2003年5月30日号)で一般人女性との同棲を激写されたときは、「そりゃあさ、アンタの気持ちはわかるよ。でもさ、そんなことなしに、男と男の話だよ。だってこのままじゃ、胸の中がスッキリしねぇじゃん。オマエだって気持ち悪いべ。わかった、オレも事務所に報告しないからさ。フライデーなんでしょ? もう、ほんとウロチョロすんなよ。じゃあ、気をつけて帰れよな。そんじゃな」などと中居テイストで対応したが、 その半月後に彼女との生活を訪ねようと記者が改めて直撃すると、車でマンションに帰ってきた中居は今度は「メチャメチャ必死の表情で、車をバックさせ、アッという間に走り去ってしまった」という。事務所にお灸を据えられてトーンダウンしてしまったのだろうか。

中野美奈子との関係が煮詰まったときも、事務所が公式サイトで「最近、中居正広に関しての全く事実無根の大変悪質な情報が、ネット等で多数出回っており、中居本人、そして関係者共々今回の件で、大変困惑し、迷惑しております。この情報は、事実ではございません」と否定の見解を発表。結局事務所にケツを拭いてもらってわけだ。

中居クン、女性問題でも事務所に逆らえる「いい奴」になれないものだろうか。

中居クンの女性問題など、ジャニーズタレントの秘密は、『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社)に詳しく紹介されている。ファンはぜひご一読いただきたい。

【同書の目次】
第1章 黎明期(1962年?1968年)
第2章 試行錯誤(1969年?1974年)
第3章 試練(1975年?1979年)
第4章 起死回生(1980年?1992年)
第5章 発展期(1993年?1999年)
第6章 近代化(2000年?2008年)

【参考図書】

『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社)

『ジャニーズ恋愛相関図』(鹿砦社)

『ジャニーズイミダス』(鹿砦社)

『ジャニーズの歴史 完全保存版』(鹿砦社)

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