【訃報】清水由貴子さんが私に教えてくれた秘密とは?インタビュー初公開!

清水由貴子さんが私に教えてくれた秘密とは?
清水由貴子さんが21日、父親の眠る静岡・御殿場市の富士霊園で死亡しているのが発見されたという。死因は硫化水素を吸った自殺……。

同年代で、恵まれているとはいえない生い立ちの彼女に、私は以前からシンパシーを感じていたので大変ショックを受けた。

そんな”憧れのゆっこさん”に、私がお会いできたのは2002年9月だった。

場所はTBS近くのテレビ関係者が使う有名な喫茶店「Dingo」。ある雑誌のインタビューで、私がインタビュアーをつとめたのだ。

いつものハキハキした物言いで、アイスレモンティーを注文した彼女は、さっそく私の質問に答えてくれた。

ー「スター誕生」では、ピンクレディーを上回る評価で大会最優秀賞を受賞しましたね。

「あのときは家が裕福ではなかったので、ジーパンで会場入り。お昼は家から持参した塩むすびを、誰も見ていない非常階段のところで食べていましたねえ。それがもう、そのような望外の評価で大変嬉しかったです」

ーそういえば、デビュー曲の「お元気ですか」はギターを持ったジーパン姿、ミディアムのヘアスタイルで歌っていたのが思い出されますね。

「ギターは前から弾いていましたが、私はもともと三つ編みだったんですよ」

ーえ、そうだったんですか?

「あの頃の『スター誕生』は資生堂さんと提携していたんです。その関係で、出場者の10人ぐらいが決勝大会に進む前に、いちばん似合う髪型ということで美容研究所に連れて行っていただきました。私の場合、『この子はショートに』と一言アドバイスされ、三つ編みをバッサリ(笑)」

ー三つ編みのアイドル・清水由貴子も見てみたかったですね。その後、歌手から「週刊欽曜日」では欽ちゃんBANDで活躍されたわけですが、これがすごい人気でした。私などは素人の分際で、アイドルからコミカルな役回りもこなせる器用なタレントへうまく移行できたんだなあ、などと見ていました。ご本人にはそういうねらいはあったのでしょうか。

「最初、大将(萩本欽一氏)には、『ずっとやってしまうとお笑いの仕事が専門になってしまうから、いろいろな仕事ができるように、1年間だけ出演してお笑いの勉強をしなさい』と言われたんです。ところが、1年ぐらいして番組の視聴率が上がり、結局まる2年出演しました。欽ちゃんBANDは、みんなが一生懸命にやっているのにヘタだったので面白かったんだと思います(笑)」

ー萩本さんからは、どのようなことを言われましたか?

「大将は、あまり注意はしないんです。教えるというより自分で考えさせるという立場を取っていて、質問してはいけないんです(笑)。舞台をやっていても、稽古の時と違うところで笑いが来るのはどうしてか考えながら仕事をしろと言われていました。以来、たとえばレポーターの仕事をしていても、『お客さんの声を聞け』という大将の教えを意識しながら仕事をしています。大将の番組に出た人々は、ドラマの現場でも、『監督さんは今、何を感じているのかな』ということを私以上に考えているんじゃないかと思います。

怒るということもほとんどないですね。ただ、笑いに対しては厳しく、1度だけ、わざと間違えて笑いをとろうとしたのを厳しく怒ったのを見たことがあります。あとは下ネタも禁止で、言うと一口1000円の罰金箱がありました。佐藤B作さんがいちばん罰金が多かったんですけど(笑)」

私が話を伺った当時は、テレビのコメンテーター(TBSの「ジャスト」)のほか、「七尾響子弁護士2」(テレビ朝日)、「電太郎一家」(テレビ新広島)、「ともちゃん家の5時」(山梨放送)など仕事に恵まれており、そのひとつひとつの意義を楽しそうに語ってくれた。

それだけに、3年前に贈られた年賀状に、「レポーターでいろんなところへ連れて行ってもらったり、教えてもらったり、感謝。楽しかった。ありがとう」との引退の挨拶がしたためられていたのが何とも切なかった。

しかも、今回亡くなったのが父親の墓がある霊園だ。マッチ箱製造の町工場でコツコツ仕事をしていた父親を、彼女はいつも誇りに思っていた。

片親でずいぶん苦労しただろうに、私の前でも少しもうらみがましいことは言っていなかった。だから、最期はその父の眠る所で、という結論になったのだろう。

彼女は引退も今回の自殺も、母親の介護が関係しているといわれる。

日本の社会では、主に長男・長女の場合、自分の人生を犠牲にして親の面倒をみることがある。

私は、一度しかない人生をそんな「親孝行」で消費してしまうのは不幸なことだと思う。

親のすねをかじるばかりで、親の面倒を見たり親で苦労したりしたことのない人にはわからないだろうが、自分の人生を引き替えにする「親孝行」ほどお互いが切ないものはない。

福祉が解決してくれればいうことないが、いつ実現するかわからない社会の成熟を待ってばかりもいられない。

年老いた親をもつ人たちよ。

一人っ子はせめて配偶者と、兄弟のいる人はみんなで力を合わせて支えて欲しい。

そして、親の介護で苦労しているご本人も、自分だけで抱えずに、身内に頼んだり、友人に相談したり、愚痴を言ったりして、行き詰まらないで欲しい。

清水由貴子さんは、「これからどんな仕事がしたいですか?」という私の問いに、こう答えてくれていた。

「私は下町生まれの浅草育ち。それがそのまま大人になったような自分を大切にすることで、お母さん役を探しているときに、キャスティングボードの5人の中の1人に入るように努力したいな、という気持ちがあります。月に一度行く美容院は、そういった『こう変わりたいなあ、こうしてみようかなあ』と考える時間でもあるので、私にとっては大切な時間なんです」

介護の激務は、彼女を美容院でリフレッシュさせる時間と心の余裕も奪っていたのかもしれない。

介護うつ

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