森田剛を「母」のブログ騒動で考える - 芸能資料館

森田剛を「母」のブログ騒動で考える


森田剛。恋と舞台を経験し、ギスギスした気持ちが消えた時、俳優として一回り大きくなった。
そんなふうに評価されていた矢先、「母」と思われている人のブログが話題になった。
その内容はここでは措こう。
ここでは、改めて森田剛を考えてみようと思う。

森田剛の昨年の主演舞台『金閣寺』は好評だった。

丸刈りになっての迫真の演技は前髪がない分、彼のまっすぐな視線が観客席に刺さるように届いた。

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一昨年の『血は立ったまま眠っている』で本格的な芝居を経験してから、他のジャニーズタレントが誰も経験していないアングラ演劇で実績を残しつつある森田剛。舞台の本格演技で独自のポジションを得ようとしているのだ。

ここのところカミセンの活動も停滞し、V6は解散報道もあった。となると、アクション俳優として頭角を現した岡田准一や、粋人としてバラエティ番組に出演する三宅健はともかくとして、森田剛はいったいどうなるのか、と心配する向きもあったのではないだろうか。

その森田剛。一昨年の仕事は、寺山修司が初めて著した戯曲(演劇用の物語)『血は立ったまま眠っている』で、テロリストを演じた主演舞台を経験した。演出は蜷川幸雄である。

テロリストという言葉を聞いたことはあるだろうか。法律やモラルなどを度返しして目的を達する行為に走る者のことをいう。

したがって暴力を伴うのだが、単なる“ならず者”や犯罪者と呼ばないのは、政治的な目的を伴っているためだ。つまり社会的な背景があるということだ。

もとより、どんな目的であれ、狂気と暴力によって社会を恐怖のどん底に陥れる行為に走るには、その人物なりに相当な理由や苦悩があると思われる。

したがって、テロリストを演じるというのはそれらを表現しなければならず、大変に重い芝居になるのだ。たとえばジャニー喜多川のミュージカルや、東京グローブ座で行う芝居とは全く質の違う演技が求められ、ジャニーズタレントどころか、劇団出身の本格派俳優でもそうそうたてない舞台なのである。

寺山修司というのは、1960年代〜70年代に活動した「演劇実験室・天井桟敷」を主催した戯曲家であり演出家である。

「実験室」というと試験官やビーカーを連想する化学的なイメージだが、要は劇団である。文字通り、演劇においていろいろな芝居表現を実験する、という意味である。

とくに天井桟敷は当時アングラ劇団と呼ばれ、社会の体制や利潤の追求や地位や名声などを追いかけずに、純粋に芝居の道を徹底追求しようとする集団だった。それだけに、芝居は地味で厳しいが、俳優として芝居にドップリ浸かりたいという気持ちを持つ真面目な演技派が参加した。

蜷川幸雄は、もともと俳優だったが、アングラ劇団が流行した頃、演出家になった人だ。つまり、この人もアングラ演劇の中心メンバーだった人である。

時代はそれから半世紀近く過ぎ、寺山修司は亡くなり、天井桟敷など有名なアングラ劇団の主力俳優たちはその演技力が買われてテレビや映画に出演。

人気と多額のギャラを得てしまったために「アングラ」ではなくなってしまった。それでも、寺山作品の芝居にはアングラ時代の純粋さや厳しさがあり、今回も窪塚洋介、寺島しのぶ、六平直政、三谷昇といった、何とも渋いメンバーが集まった。その座頭芝居を演じたのが森田剛なのである。森田剛が、どれほど濃い仕事を任されたかおわかりいただけただろうか。(続く)

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