『絞死刑』で大島渚監督が表現した1968年の死刑制度と在日観 - 芸能資料館

『絞死刑』で大島渚監督が表現した1968年の死刑制度と在日観


『絞死刑』(1968年、日本ATG)というのは、先ごろ亡くなった大島渚監督がメガホンをとった絞首刑を舞台にした映画である。

大島渚監督というと、『愛のコリーダ』や『戦場のメリークリスマス』ばかりが取り沙汰される。80年台以降の人にとっては、『朝まで生テレビ』の名物論客のイメージが強いのではないだろうか。

先日放送されたCSの大島渚監督特集でも、この『絞死刑』は予定に入ってなかった。

まあ私も、映画はなるべく明るく楽しいものが好きなので、日本ATGの作品は、制作スタッフの情熱や作品の質については肯定的な評価を与えたいものが多いが、肩の力を抜いて見ることが少ないので、いささか気後れするところがあった。

この作品も、タイトルからしてなんか怖そうである。



ただ、一方で、いったいどんな内容だろう、という興味も湧く。怖いもの見たさで。

死刑執行の場にテレビカメラの中継は入らないし、ましてや、今よりも情報の少ない1968年に、いったいどんな描かれ方がされていたのか、気になる。

作品の冒頭では、いきなり拘置所の片隅の死刑場がうつされ、ナレーションで執行の説明が入る。モノクロであることの不鮮明さが、見ていてより緊張感を高める。

これがむしろ、今の高感度ビデオカメラだと、逆にキレイに写りすぎてセットとしての作り物感が出てしまってしらけてしまうかもしれない。

ストーリーは、小松川女高生事件(実在の事件)の手を下した在日朝鮮人Rが死刑執行されるが、完全に執行できずRは生き残った。

ただし、過去の記憶は失われていた。

心神喪失者の執行が認められていない法律にとらわれた関係者たちは、Rが自分のしたことを思い出すように、事件等を必死になって再現する。

そして、Rは事件を思い出し、自分のしたことを自覚した上で再執行に合意する、というストーリーである。

出演者は、大島組の常連である渡辺文雄、戸浦六宏、小松方正、佐藤慶、小山明子、さらに脚本家の石堂淑朗などである。彼らが学生服を着てまで奮闘する滑稽さに、大島渚監督のメッセージが込められているのだろう。

時は1968年。つまり、新左翼がまだ活発だった頃である。

一般人として仕事をしていたら、安定した高収入が見込める人たちが集まった大島組には、何かハイブローなメッセージがあったと思うが、時代が違うので、今の人達にそれが届くかどうかはわからない。

ちなみに、在日朝鮮人役のRは、のちに民団系の大物として名前が知られ、現在晩聲社という出版社の代表取締役である。

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