『プレイガール 男殺し裸の牝猫』片山由美子が颯爽と登場 - 芸能資料館

『プレイガール 男殺し裸の牝猫』片山由美子が颯爽と登場


『プレイガール 男殺し裸の牝猫』片山由美子
プレイガール、男殺し裸の牝猫、片山由美子、といっても落語の三題噺ではない。『プレイガール』(1969年4月7日〜1976年3月29日、東映/東京12チャンネル→テレビ東京)というドラマがキーワード急上昇だが、当時視聴していた現役世代にとって、プレイガールとくれば何と言っても片山由美子だろう。



第75話『男殺し裸の牝猫』という話があるが、『プレイガール』で、当時もっとも人気のあった片山由美子がレギュラー入りした話である。

カウガールルックで馬に乗り、銃を撃つ片山代美子は、そのルックスだけでなく、活動的な佇まいが、いっぺんに男性視聴者をとりこにしたものである。

この話には、三原葉子が、遺産の話し合いで実家に戻って来た次女を演じている。

長女とは、服をはだけた喧嘩になるが、まあお色気ドラマであることを考えると、おとなしいシーンである。

それはともかくとして、三原葉子は、もう50年前に新東宝という映画会社で活躍した女優なのに、彼女が全盛の頃、生まれてもない者たちが、ネットでブログなどで彼女を再評価している。

今も、「三原葉子」で検索すると、そんなブログがぞろぞろ検索できる。

そんなマニアたちの間で、2016年になって訃報が流れた。

しかし、wikiをみると、亡くなったのは2013年というから、亡くなってからかなりたって、マニアたちはそれを知ることになったわけである。

それを明らかにしたのは、映画ジャーナリストの大高宏雄氏である。

『日刊ゲンダイ』(2016年2月22日付)の連載で、「最近死去の報が流れ、話題になっていた」と書かれている。

最近話題になっていたとしても、こういっては何だが、三原葉子は、映画史に残る代表作があるわけでもなく、映画賞とも縁がなかった。

そういう女優をあえて取り上げるというのは、つまり大高宏雄氏も三原葉子のファンなのだろう。

こう書いている。
残念ながら同時代には間に合わず、70年代に入ってから名画座で彼女の新東宝作品を多く見たクチだ。豊満な肉体を出し惜しみしない、その思いきりのよさに悩殺され、にじみ出る女の悲しさにもジーンときた。

三原葉子は、ヘアヌードもない時代に、肉体を売り物とする女優として先駆的な役割を果たしたとともに、その肉感的な体は60年代の「いい女」の典型でもあったのだ。

ツィッギー来日以前の我が国は、たとえばアメリカにおけるマリリンモンローのように、膨よかな胸、腹、尻、そして白い肌などの持ち主を「いい女」としていた。

三原葉子は、まさにその要件を満たしていたのである。

そして、時代は移り変わり、50年代の「いい女」である三原葉子は、服をはだけた喧嘩に止め、一方、70年代の「いい女」になりつつあった片山由美子は、初登場の『男殺し裸の牝猫』で、さっそく後ろ姿の全裸を公開している。

その意味で、『男殺し裸の牝猫』は、「いい女」のバトンタッチが行われた記念すべき話といえるかもしれない。

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