『仁義なき戦い』美能幸三氏の原案料は古着 - 芸能資料館

『仁義なき戦い』美能幸三氏の原案料は古着


『仁義なき戦い』美能幸三氏の原案料は古着
『仁義なき戦い』が、暴力団排除条例が施行されたにもかかわらず、レンタルDVD店の人気商品になっているという。抗争の流れ弾に当たったら困るが、そうでなければ文字通りピカレスクロマンを見るような興趣を大衆はヤクザに抱いているのかもしれない。そして、その原案者として知られているのが、広島・呉の有力ヤクザだった美能組を率いていた美能幸三氏である。



「仁義なき戦い」は、今話題になっている山口組が当時、直接縄張りをとっていなかった地域である広島で、田岡一雄組長から舎弟盃をおろされた打越信夫打越会会長と、本多会系列に入った山村辰雄山村組組長による抗争である。

原作は飯干晃一氏が上梓した同名の書籍だが、新聞報道に腹を立てた美能幸三氏が、獄中で真実を明らかにしようとすべてを実名で明らかにした手記を書き、それを編纂したものといわれている。

後にそれをもとに笠原和夫氏が脚本を書き、深作欣二監督が東映で映画化して大成功したものである。

「週刊文春」(5月3、10日号)には、鬼籍に入った美能幸三氏とのインタビューを鈴木智彦氏が回顧する記事が掲載されている。

その内容は、映画はすべて実在の人物とは異なる描き方をされていると否定したり、「仁義なき戦い」というタイトルを認めなかったり、初対面で自分は今は「美能」ではないといったりなど、美能幸三氏がともすれば気むずかしい人物であるように書かれている。

そういえば、ももなり高氏が描いたヤクザ漫画「山口組武闘史」に出てくる美能幸三氏は、他のヤクザたちのごつい面を強調した描き方と違い、田端義男と角川博と鳥羽一郎を足して3で割ったような凝った描き方をされずいぶん気を遣われていたようだった。

その原作者の溝口敦氏は、その理由になるのか、美能幸三氏についてこんな書き方をしている。
美能幸三は10年3月亡くなったようだが、筆者は山口組若頭・山本健一の取材で、88年美能本人や二代目美能組組長・薮内戚佐男らに呉で会い、話を聞いたことがある。

 美能に会って、粘着質で細かい部分が気になる人だろうなと感じた。なにしろ取材した後、追っかけて電話を寄越し、「先ほど自分はこう言ったけど、その.意味はこうだから。誤解するといけないから、今こうして電話したわけだ」などと注釈を加える。当時、美能は呉で結婚式場を営み、それなりに穏やかな生活を送っているように見受けた。

 広島代理戦争(第二次広島抗争、1963年4月〜67年8月)はもっぱら打越会(打越信夫)対山村組(山村辰雄)の抗争であり、美能組・美能幸三はサブ的な役割のはずだが、とはいえ美能が広島代理戦争の要所要所で重要な舞台回しを演じたことは間違いない。「抗争」(小学館)

「週刊文春」によれば、美能幸三氏は、原案料はもらわなかったが、東映の衣装をもらい下げたことをきっかけに結婚式場などの事業を発展させたという。

決して本意でない映画化を黙認したり、正式な原案料は1円ももらわなかったりと、実は美能幸三氏熱心で侠気な心の持ち主でもあり、いずれにしても「サブ的な役割」でありながら、極道史に名を刻む人物の回顧談は興味深いものだった。

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