ちあきなおみで思い出す『喝采』と『瀬戸の花嫁』の闘い! - 芸能資料館

ちあきなおみで思い出す『喝采』と『瀬戸の花嫁』の闘い!


ちあきなおみで思い出す『喝采』と『瀬戸の花嫁』の闘い!
ちあきなおみがトレンドキーワード急上昇である。どうしてかと思ったら、9月17日は誕生日である。今や。ビルの家賃収入で暮らし歌手は引退状態だが、いまもちあきなおみの復活を待つ人は多い。彼女のピークといえば。『喝采』が『瀬戸の花嫁』を逆転してレコード大賞を受賞したときだろう。



ちあきなおみが、『喝采』で第14回日本レコード大賞を受賞したのは1972年。

ちあきなおみの亡くなった婚約者を歌にした、などというギミックで90万枚売り上げたが、実はフィクションだった。

今なら、ネットで叩かれるだろうか。




それはともかくとして、『喝采』がリリースされたのが、その年の9月。

すでにその年は、小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』がヒットしており、レコード大賞は小柳ルミ子で決まり、と思われていた。

ところが、ちあきなおみの『喝采』が、「世紀の番狂わせ」で大賞を獲得したことはレコード大賞史上に残る大番狂わせである。

ちあきなおみの『喝采』が受賞した真相


『アサヒ芸能』(2013年12.5特大号)には、こう書かれている。

ちあきが所属した「日本コロムビア」は、この年、当時のレコード売上げを更新する「女のみち」(宮史郎とぴんからトリオ)も出していたが、賞レースに関しては「喝采」に一本化。事務所の規模ではルミ子の「渡辺プロ」に対し、めぼしい歌手がちあきしかいない「三芳プロ」では勝負にならない。ただし、老舗のコロムビアと新興の「ワーナー・パイオニア」というレコード会社の争いなら、ちあきの側に分がある。
 情勢が刻一刻と変化してゆくのを、ルミ子の詞を書いた山上(路夫←引用者注)は感じていた。
「今年のレコード大賞は確実です」
 秋口には塩崎ディレクターから聞かされていたが、暮れが近づくと一変する。
「ガミさん、あきらめてください。相手はコロムビアで一丸となっていますから、かないません」(中略)
「私は絶対に『瀬戸の花嫁』が大賞だと確信していたんです」(小柳ルミ子)
 レコ大の会場では、歌い終えた候補者は客席に座ってスタッフと結果を待つ。番組が始まって間もなく、旧知の審査員がこんなことを耳打ちしてきた。
「ルミちゃんは『歌謡大賞』を取ったからいいよね」
 にこやかな物言いながら、それは非情の宣告であった。すでに勲章″を手にしているから、レコード大賞を逃しても大丈夫だろうというニュアンスだ。
「そう聞いた瞬間、私はショックで腰が抜けるかと思いました。だって、これから発表なのに……」

1972年レコード大賞といえば、ちなきなおみの「喝采」と小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」の歌姫対決だった。

ちあきなおみの日本コロンビアには、ぴんからトリオの『女のみち』という記録的なヒットがすでにあり、ちあきなおみの「喝采」はその年の9月にリリースされたばかり。

一方相手の小柳ルミ子は、当時「帝国」とまでいわれた老舗のナベプロで、しかも『瀬戸の花嫁』は国民的ヒット。

それなのになぜ、ちあきなおみが勝ったのか。




歌もいい、歌手もうまい、そして、冒頭に書いたようなフィクションも大きな力になったのだろう。

ちあきなおみは、当時から独特の色気があった。

夫の郷^治が亡くなったら、引退して絶対に出てこないのは、惜しいけれどもその価値を守っているのかもしれない。

家庭に入ることを望んだ山口百恵とは引退の意味が違うし、おそらくちあきなおみのカムバックはないのだろうと思われる。

郷^治は、晩年俳優を廃業して、ちあきなおみのマネージャーに専念していたそうだが、ちあきなおみが望んだことを郷^治が受けいれた、というふうに私は思っている。

いずれにしても、ちあきなおみがそこまで惚れた郷^治とはどんな人物なのだろう、という興味も湧いてくる。
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