明石家さんまの努力強調否定論、その真意は「あのこと」か…… - 芸能資料館

明石家さんまの努力強調否定論、その真意は「あのこと」か……


明石家さんまの努力否定論、その真意は「あのこと」か……
明石家さんまが、14日放送のラジオ番組「ヤングタウン土曜日」(MBSラジオ)で、「努力は必ず報われる」は、「逃げ言葉」だと言い放ったという話でネットは盛り上がっている。努力否定論は明石家さんまの持論だが、そこには、彼の人生観が大きく反映しているのではないかとも言われている。



「努力って、当たり前のことやから。当たり前にした方がいい」「行動の一部に入れたほうが(いい)」「努力すれば」「私、努力したのに」という人間が多い現状に、「努力を逃げ言葉に使う奴が多すぎて、俺は困ってます、最近」「努力すれば報われる、かもにしておいた方が挫折は少ない」




明石家さんまが、14日放送のラジオ番組で「努力は必ず報われる」を否定したことが話題になっているが、実は明石家さんまの努力強調否定論は、今に始まったことではない。

3年前も、同じ番組で同じ趣旨の発言が話題になっている。

明石家さんまが発言したのは、2014年6月7日放送の「MBSヤングタウン土曜日」(MBSラジオ)。記事は『「努力は必ず報われる」論争に明石家さんま参戦 「そんなこと思う人はダメですね、間違い」』(J-CASTニュース 6月9日17時48分配信)というタイトルである。

有名人の「名言」や「珍言」をリスナーがメールで紹介する「名言珍言ゆとっtter」というコーナーで、この日ゲストだったアイドルグループ「アップアップガールズ(仮)」の佐藤綾乃さんがインタビューで言っていたという、こんな話が紹介された。
 「努力は必ず報われる。その言葉、最初は信じなかったんですよ。そんなこと言っても、本当に努力を見てくれてるのかよって。でも、自分の経験上、努力をしていれば必ず誰かが見てくれていて、報われることがわかりました」
 これに対しさんまさんは、「それは早くやめた方がええね、この考え方は」とバッサリ。佐藤さんやレギュラーメンバーのモーニング娘。道重さゆみさんが驚いていると、「努力は報われると思う人はダメですね。努力を努力だと思ってる人は大体間違い」と持論を展開した。
「好きだからやってるだけよ、で終わっといた方がええね。これが報われるんだと思うと良くない。こんだけ努力してるのに何でってなると腹が立つやろ。人は見返り求めるとろくなことないからね。見返りなしでできる人が一番素敵な人やね」


この世の中、努力をすれば報われる合理的根拠などはない。

つまり、努力をすれば報われるというのは、客観的に正しくない。

たとえば、入学や資格試験に合格したくて努力し、本人の能力では到達できていても、試験の日に交通事故にあったり急病になったりしたら報われることはない。

すなわち、人間には、運と称する、自分ではどうにもならないことがある。

なのに、努力すれば報われる、と単純に考えていたら、結果に裏切られる。

そのときの失望感だけでなく、これだけ頑張ったのに報われない、という虚しさが後々の人生に禍根を残しかねない。

努力は報われるかどうかではなく、好きでやってて結果として成果がある、と考えよと明石家さんまは言っているのである。

そして今回、今度は、努力はあたりまえのことと思え、自分の努力を美化するなということである。

努力は必ず報われるが、なぜ「逃げ言葉」なのかというと、私はこれだけ努力したから結果が出なくても自分のせいではない、という言い分が気に食わないということだろう。

明石家さんまに言わせれば、努力と結果はそもそも別物なのだから、結果云々と結びつけるな、それ自体言い訳になっている。結果が出るとかでないとかではなく、自分のスべきことはしておけよ、ということなのだろう。

「努力した」という主観は結果と向き合うことから逃げているだけ!?





明石家さんまのこうした「努力強調否定論」は、やはり、自分の身の上が大きく反映しているのかもしれない。

「週刊文春」(2012年8月16日号)で、明石家さんまの兄が、幼少時代についてインタビューに答えた記事を引用しよう。
さんま実母は彼が三歳のときに病死している。
(さんま兄が)小学校高学年の時に父が再婚、さんまには年の離れた弟(故人)ができた。
「中学生くらいの頃は娯楽といえぱ、三枝(文枝)のラジオ『ヤングタウン』でね。
(さんま兄とさんまが)二段ベッドでいつも二人で聞いてたんです。新しい母には遠慮もしたし、やっぱり反発もあった。
その母が昔、隣の部屋で酒を飲みながら『うちの子はこの子(弟)だけや……』って言うのが壁伝いに聞こえてきたんですよ。
二人でよう二段ベッドで泣きましたわ。せやから高文は酒飲む女の人が苦手なんです。
芸能界行くまではほとんど飲まなかったし、今も本質的に酒は好きじゃないと思います。」

それでも、異母兄弟である年の離れた弟とは仲が良かった。

ところが、弟は、ある日火災で突然夭折してしまう。

明石家さんまは、自分の努力だけではどうにもならない「ほしのもと」であるがゆえのそうした経験が、発言の背景にあるのかもしれない。

客観的に見ても、事の成就には運もあれば、努力の方向や仕方もあるので、「私は努力したんだ」というだけでは、たしかにジコマンに過ぎないかもしれない。

野村克也氏がよく用いていた、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とはよくいったものである。

人間には、頑張らなくても成功する時はあるし、頑張っても成功できないときもある。

しかし、成功できないのはとにかく何らかの理由がある。

いずれにしても、そこにあるのは厳然とした結果であり、自分の努力を評価に加味する主観は、その分析から逃げてしまうことになりかねないのは、明石家さんまの言うとおりなのである。

あなたはどう思う? 明石家さんまの発言を。

なぜ、明石家さんまは「場を盛り上げる」のがうまいのか? -
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