「やらせリンチ事件」で名物番組が打ち切り

戦後史、というかテレビ史上、やらせ、という「演出」がしばしば問題になるが、1985年のこの日、テレビ朝日のワイドショー『アフタヌーンショー』が「やらせリンチ事件」の責任を取って打ち切りになった。

司会は川崎敬三。曜日ごとにレギュラーには山本耕一やばばこういち、村上不二夫などがいた。同番組は『ただいま正午・アフタヌーンショー』というタイトルでスタートしたが、テレビ史上に取りざたされる名物番組になったのは、1966年1月に改題した『桂小金治アフタヌーンショー』から。"怒りの小金治"とともに、イーデスハンソンや浪越徳次郎などの名物レギュラーを誕生させた。

その後、司会は73年に山田吾一に代わったが、売春事件で参考人聴取されたことからわずか3ヶ月でその責任を取り降板。

その後、司会を受け継いだ川崎敬三は夏休みもとらず番組をつとめ上げ、同番組を人気番組にした。

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コメンテーター・加藤康一とレポーター・梨元勝の2枚看板による芸能情報は、こんにちのワイドショーの原型となるものだったし、ばばこういちの「なっとくいかないコーナー」はテレビとしてのジャーナリズムを感じさせる名物コーナーだった。

打ち切りは突然のことだったため、レギュラー出演者からは仕事を失うことによる逸失利益の補償問題まで取りざたされた。

司会の川崎敬三は、後番組の「新・アフタヌーンショー」の司会を続けるものの、以前のような視聴率は取れず番組は終了。しばらしく細々と俳優業を続けたものの、その後はホテルマンに転身。直近の情報は、家族はアパートの家賃収入で生活させ、自分は世捨て人のように暮らしているとのことだが、それも10年前に週刊誌で本人が写真なしのインタビューで答えたものである。
川崎敬三さん、最後のインタビューで「遺言」を公表していた!?

テレビはこれでよいのか―元「アフタヌーンショー」リポーターの主張 (岩波ブックレット (No.52))

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  • 作者: ばば こういち
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1985/12/20
  • メディア: 単行本

この記事へのコメント

2011年10月19日 08:41
はじめまして、ご訪問ありがとうございます^^
アフタヌーンショー懐かしいです、こんな事件が起こっていたとは知りませんでした・・
2011年10月19日 20:45
こんにちは!御訪問・nice! ありがとうございます。^^
うっすら記憶があります。^^;もう四半世紀経つんですね。。。
2011年10月20日 00:28
初めまして。
ご訪問&nice!ありがとうございます。
今後共、よろしくお願いいたします。
桂小金治さんのアフタヌーンショーの
料理本持ってました。。。

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