Facebookがわからない!?

Facebook。有効に使っていますか。どうも私は、Facebookの意義や使い方がわからなクて困っています。戦後史の激動。今日は戦後史とは関係ない話、今ちょっと考えているフェイスブックについて一方的に書きます。考えているというのは、いったいどうやって使ったらいいのか、ということです。
みなさんは、Facebookのアカウントはお持ちですか。どんなふうに使われていますか。
Facebookとは、原則本名で、自分の近況や面白いサイトページのシェアなどを投稿して、友達や知り合いと共有するツールです。
ですから投稿内容は、文章や写真、動画、URLなど様々です。
個人のページだけでなく、Facebookページという企業や商店などのビジネスページもあり、個人以外でも情報を発信することが可能です。
ということは、ビジネス利用、もしくは個人のアフィリエイト活動やセルフ・プロデュースのためのツールとしての利用も可能です。
私も、一応アカウントはありますが、なんとなくウォールへの投稿がなじまず、現在はほとんど使っていません。
友達登録は、同級生とか仕事関係で50人ぐらいだったかな。
もっとも、私だけが不器用、というわけでもないようで、SNSの到達点とまでいわれていたはずのFacebookの評判が必ずしもよくありません。
昨年夏の時点で、海外では一部の人が、変化に乏しいサービス内容やプライバシーの管理態勢に不満で、楽しみを感じなくなったとするニュースが出ました。
ユーザーの使い方が熟達していないというよりも、「『Facebookでの』人間関係に飽きた」と、その限界を指摘する声もあります。
某サイトで青木勇気氏が、Facebookがなぜ飽きてしまうのかを端的にまとめています。少なくとも私の感想は、青木氏と基本的に同じです
Facebookは、過去の知り合いと再会し繋がることができるという観点では非常に有用だが、現在~未来の出会いという観点ではあまり希望を抱けない。前者においては、幼少期に過ごした地元の友人、中高時代の同級生、海外留学中に知り合った知人など、連絡先がわからなかったり、物理的に会うことが難しい相手と「出会える」画期的なツールと言える。
一方、後者においては、そもそも知り合いのみが集まる空間ではあるものの、新しく出会った(これから出会う)人に関しては特に、かなり気を遣い合う関係性になりやすいという点で、繋がりを深めたいという欲求よりも、空気を読むこと、着飾ることが優先されてしまう。
http://agora-web.jp/archives/1433906.html
学校時代、さらにはかつての仕事仲間など、人生の節々で縁があった方々とネットで「お友達」を復活できる点では、たしかに一時的に面白いと思いました。
が、日常的な投稿を見ると、はっきりいって退屈です。
ちょっとウォールの投稿を思い出してください。
どなたもそうだと思うのですが、ウォールをあけると、意図なきありふれたスナップ写真を貼り付けた投稿が半分以上続きます。
朝は「きれいな景色」の写真。昼はどこで食べてんだかわかんないような「ランチ」の写真。夜は「飲み会」の写真。近況といって、その人と「お友達」のつもりなのに、なぜかその人の家族や友人の写真……。まぁ、今のフェイスブックって、誰が教えたんだか、ほとんどその横並び状態です。
たとえば、「ラーメンのブログ」だから、ラーメン屋のレポートとしてその画像を出すからこそ意味と価値があるわけで、唐突に何の意図もなく「これ食べました」と投稿されても、こちらではどう返していいかわからないです。そういうのが何人も続いているんですよね。
「食べ物ブログ」「うちの子ブログ」という明確なテーマと必然性があるブログにおけるそれらの画像と、Facebookの投稿画像は、同じ「食べ物画像」「うちの子画像」でもまったく意味が異なるものだと私は思います。
本来なら、「それがどうした、それをもってお前の何を表現したいのだ」とツッコミたいところですが、Facebookの世界では、それらに対して「いいね!」をクリックすることになっています。
なぜなら、それを見ているのは実名がばれている「お友達」だから、お世辞やしがらみのためにクリックしないと後で逆恨みされるかもしれないのです。そして、「いいね!」が多いほうが投稿として人気があって優れているような錯覚を受けるので、投稿はますます無難な横並び主義になります。
これは、アメブロのペタや、So-netブログのnice!とは、似て非なる機能といっていいかもしれません。
しかも、投稿の文面は、リアルで会ったときにする「いい天気ですねえ」レベルの雑談しか許されない窮屈な話。それには賛同のコメントしか許されない。
ほとんどカルト教団のノリです。
わざわざ実名とプロフィールを公開し、属性を(込み入った会話ができるはずの)「友達」に絞ってすべきコミュニケーションというのは、そのような「ブログの超改悪」でしかなかったのか、とがっかり……。
ブログは、記事という体裁をとります。ですから、中身(本文)があってカテゴリーがあってタイトルでまとめて、と一定のテーマ性と完成度が、著者の意図や自覚にかかわらず、どなたのブログにも必ずあります。
Facebookの投稿はより刹那的というか、それがありません。
要するに、画像日記としても読み物としても評価しようがないシロモノ……
意味があろうがなかろうがつぶやくだけでいいというなら、ツイッターがすでにあります。
じゃ、Facebookの存在価値って何だろう。
そこがわからないんですね。
机上の理念みたいなものはあるのかもしれませんが、少なくとも実際の投稿からは見えてきません。
ややこしく考えすぎでしょうか。
これまで、ネット掲示板で名誉毀損のトラブルがあると、書き込み者が匿名であることが批判され、実際に判決も、それらは「便所の落書き」扱いされてきました。
それならというのでネットの世界はSNSにシフトしたのではないか。なのに、Facebookはむしろ実質的な「落書き」に後退しているのではないか。そんな思いすらあります。
……とまあ、いろいろ書いていますが、新しい技術や文化になじめないことをこうやって理屈をつけて正当化しているのは、すでに社会についていけなくなりつつある老化の始まりかもしれません。
社会と切れないためにも、Facebook、うまく使いたいものです。
この記事へのコメント
うまく利用出来てないです。
全く利用出来てません。
老化か?^^;
Twitterは見事にハマった経験があるんですが、
FBは完全に放置プレイです。
でも、匿名性が有りすぎても、逆に実名SNSでそれが全く無くっても、
書き込む内容が結果的には便所の落書きレベルになるって話、
面白かったです^^
いつのまにか 誕生日おめでとうがメッセージが来て びっくり
心配な面もかなり…
確かに 内容のないものも多いですね
実名の登録というのに抵抗があります。
並行して情報管理の問題も・・・
だからFacebookは登録しようとして やめました。
ブログが一番良いにゃ♪
実名登録をはじめ個人情報が筒抜けという話を聞いたんで・・・
真偽のほどは知らないけど。
blogとtwitterはやってるけど、
あとはリアルなやりとりで十分なかって思ってます。
そうですか、やはり私だけではないのですね。
少しホッとしました。
私も、登録してから最初の2週間ぐらいは
いろいろやってましたが、今はほったらかしです。
中途半端な感じですが、まあ、合わないものを無理に
やってもストレスがたまるだけですしね
そうですね。妻はそれが理由でフェイスブックを
やめましたが、やめるときの手順が説明されていない
ので不親切だと言っていました。
何千人も「友達」を作って、それらのひとを
対象に、いわゆるステマ投稿を流している高校時代の同級生に
「上手に使えないのは老化」といわれましたよ。
商売としての利用の仕方はいろいろあるでしょうが
それが当たり前になったら、投稿はますます
つまらないものになってしまうように思います。
素顔というのは顔写真という意味ですか
それとも人間性という意味ですか。
素顔を見て会いたくなったりしませんか。
私は昔の同級生の顔写真を見て、時の移ろいに
複雑な気持ちになりました(笑)
もっと自由でかつ踏み込めるはずの場で
人間関係の呪縛から、逆に無難な投稿になってしまう
ところが皮肉というか、残念ですよね。
そうですよね。ブログもコメント書けますし
見栄やお義理になりがちなFacebookの「いいね!」と
違い、ブログのnice!は「つながり」に
なってますもんね。
実名とプロフィールを明らかにして「友達」を作る仕組みなので
確かに個人情報は簡単に見られますよね。
私もその点をおそれてプロフィールを全部消したところ
誰からも「友達」申請がこなくなってしまいました。
そりゃそうですね。
同感です。同じ感覚を持つ人がいて良かった。
実名だから、無難なありきたりになるし、
誰もが有意義な投稿をできるわけでもないのでしょうね。
"あしあと" ありがとう御座いました。
FBは登録して2ヶ月が過ぎましたが、同様な感想です。
まー、現時点での友達つながりは、まだ少ないので、
なんとかやっていますが・・・
いくら繋がりのある方の投稿でも、興味があるものと
そうでないものにこちらが選択できるような余地が欲しいです。
そういう点では、Google+の方がまだましなような・・・
実名が故に、新たな知り合いになる方とのコミュニケーション
には向いていない気がしますね。
私もFBは合わないみたいです。匿名だからといってあまりひどいことを書くつもりもありませんが、どうも実名では本音トークが気恥ずかしくてできない感じがあるのと、個人情報駄々漏れ感が怖くてアカウントは1ヶ月くらいで削除してしまいました。だって、友人は普通に私の顔が載っている写真とか投稿しているのですが、それと紐づいて全てばれちゃうじゃないですか(笑)
私はブログがとても性に合っていて気に入っています。
この記事を含めてfacebook関連の記事で書きたかったのは
うまく利用できない愚痴が半分
なんとかうまく利用できないものか、
という前向きな悩みが半分といったところです。
私も、ネットというデリケートな場では
やはりブログが一番かな、という気がします