『上岡龍太郎 話芸一代』で改めて思い出す毒舌と皮肉とユーモア

『上岡龍太郎 話芸一代』(青土社)を読みました。「芸は一流、人気は二流、ギャラは三流、恵まれない天才」と自称した上岡龍太郎が引退して14年。関西落語家四天王や夢路いとし・喜味こいしなど大物上方芸人について上梓してきた作家・映画評論家の戸田学氏が、これまであまり語られることのなかった、上岡龍太郎のスタンダップコメディについて論考しています。

上岡龍太郎。20代以下の人はわからないかもしれません。30~40代なら、『探偵!ナイトスクープ』の司会や、『パペポTV』を笑福亭鶴瓶と出演していた人、という認識ぐらいはあるかもしれません。

50代以上ですと、横山ノック・フック・パンチによる漫画トリオを覚えているかもしれません。

上岡龍太郎は、かつて漫画トリオで一世を風靡し、横山ノックが政界に進出してからはピンのタレントとして40年にわたってテレビやラジオなどで活躍。2000年の4月限りで芸能界を引退しました。

かく言う私も、上岡龍太郎というと、漫画トリオ時代の記憶は殆どなく、皮肉やインテリっぽい話し方が特徴の、占いや迷信の大嫌いな司会者というイメージです。

『EXテレビ』という夜の番組で、姓名判断があるというのなら、画数が同じである桂三枝と桂小枝がどうしてこれだけ違う、と桂小枝を出演させて“実証的”に示したり、占い師を集めた討論会で占い師をやり込めたりしたことはよく覚えています。

つまり、タレントやトリオ漫才としては知っていても、話術芸人としての上岡龍太郎は知られていない。

そこでその価値を書籍にしたというのが、今回の『上岡龍太郎 話芸一代』です。

「上岡龍太郎の話術は、天才的であった。その当意即妙に世相を斬るセンスや、流麗な話芸、そして、他に類例を見ない独自の皮肉に満ちたインテリジェンスを感じさせる世界観……」と著者の戸田学氏は書いています。

同書では、ラジオ、漫談、講談、演劇、独演会、テレビという6つ場から、上岡龍太郎自身や周辺関係者のコメント、速記録などによってその芸のありようを再現、分析しています。

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立川談志がメンターだった


著者がいうところの、「当意即妙に世相を斬るセンスや、流麗な話芸、そして、他に類例を見ない独自の皮肉」。

その芸の先駆者は立川談志です。

上岡龍太郎の芸は、スタンダップコメディ。そのメンターが立川談志であることは、著者の論考、上岡龍太郎のコメントなどでも一致しています。
ひとりしゃべりの分野でのちの上岡龍太郎の話芸なり、スタイル、そしてセンスにまで多大な影響を与えたのは、東京の落語家・立川談志であろう。

 上岡とは、漫画トリオ時代に交友が始まった。お互いのセンスに近いものを見たようなのだ。上岡は談志に兄事した。談志も上岡を弟分とみた。

 立川談志は、落語家としては若手時分から将来を嘱望された古典落語の演じ手である一方、タレントとしても売りだし、ことに社会風刺の漫談といったジャンルでその特異な才能を開花させていた。現代風にいうスタンダップコメディといった芸に特に才を見せたのである。その毒舌、そのセンス、その切れ味が、当時の日本ではやや早すぎたきらいもあった。

 談志の、落語家としての後継者は何人かいるだろう。しかし、立川談志のスタンダップコメディ分野での後継者は上岡龍太郎ただ一人だといえるのではないだろうか。

「ぼくがひとりしゃべりをベースに始めた時のイメージにはやっぱり立川談志師匠が背広を着られてやるピン高座のイメージがありました。その、関西版というイメージがものすごく自分の中にあったんですね。(中略)

談志師匠というのは、わざと揉めるような話を相手にぶつけて、話を引っぼり出して、それを元に議論をするのが好きやから、酔っててもそれをやるわけですよ。無理やり相手の反感を買うようなことを言うてね、相手を怒らして話をするというのが好きでね。それを見てると、ぼくもこんなことがやれたらな、と思てたんです。
たしかに、立川談志の立川流に入門者はたくさんいましたが、スタンダップコメディの後継者はついに現れませんでした。

上岡龍太郎が、どうして立川談志をメンターとするスタンダップコメディの演者になったか。

漫画トリオが、横山ノックの参議院選挙立候補で休業となり、一部の番組は上岡龍太郎がピンで引き継ぐものの、いくらネタを振っても相手の女子アナがうまく返してくれない。そこで、自分でネタをフリ、自分で落とすひとり話芸を始めたそうです。

上岡龍太郎の持ち味である流暢なしゃべりと独自の間は、やはりその当時、プロデューサーに、何かを話す前に「えー」と入れることを注意されたのがきっかけだったといいます。

立川談志との出会いは、漫画トリオ時代、もともと立川談志の方から横山ノックに「お友達になりましょう」と申し出たのが始まりとか。

同書を読むと、上岡龍太郎は、芸は皮肉屋でも、芸に対する姿勢は前向きで素直な人であることもわかります。

そういえば、インテリキャラの上岡龍太郎が人前で唯一、涙を流したのが横山ノックの葬儀の時でした。上岡龍太郎は、横山ノックなしには誕生しなかったということを十分感じていたのでしょう。

まじめに取り組むからこそ、シニカルな視点を思いつく


同書は、スタンダップコメディの演者としての価値を語っている書籍ですが、私にはそれと同時に、立川談志にしても上岡龍太郎にしても、テレビで見るアクの強さやシニカルさは「仕事」であり、彼らの人間性はそれだけがすべてではなかったのだと改めて感じました。

立川談志は、往年の大物歌手の次男と幼なじみでしたが、声門がんを患った時に、その人からある健康食品を勧められ、言われたとおりにそれを飲み続けて「効いているのかなあ」と言ったそうです。

声門がん自体は、転移のない段階で発覚することが多いので、一般に予後はよいとされています。

だから通常の治療(放射線)で治療できただけかもしれないのに、「毒舌の談志」にしては何とも素直というか単純な感想です。

私生活のごく親しい人には違う面を見せるのか、命がかかって毒舌を忘れたのかわかりませんが、いずれにしても、理屈と屁理屈をないまぜにして、毒づき煙に巻く立川談志にしては意外なエピソードです。

私はその話を、次男から直接聞いていました。

だから、今回の上岡龍太郎の、テレビタレント時代とは若干ニュアンスの異なるエピソードも「なるほどなあ」と思い読むことができました。

テレビのイメージだけではわからないものです。

同書には、「上岡流講談『ロミオとジュリエット』」が収録されたCDもついており、スタンダップコメディを改めて堪能することもできます。

上岡龍太郎 話芸一代

上岡龍太郎 話芸一代

  • 作者: 戸田学
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2013/09/20
  • メディア: 単行本