『昭和の肖像(町)』にじむ昭和の心から改めて暮らしを考える

『昭和の肖像(町)』(筑摩書房)という写真集を読みました。俳優であり庶民文化研究家だった小沢昭一(1929年4月6日~2012年12月10日)が、1970年代の高度経済成長に大きく変貌する我が国の路地裏や旅先、人の表情など「昭和の姿」を撮影し、解説文をつけたものです。新刊ではありませんが、資料的価値の高い良書だと思いますので、このブログでも取り上げさせていただきます。

小沢昭一については、11月23日に「小沢昭一こころのふるさと、蒲田(女塚)の今」という記事で取り上げました。

小沢昭一g

東京都大田区蒲田(女塚=今の西蒲田)の出身である小沢昭一が作成した、幼少の頃の女塚の手製再現地図にもとづいて、現在のJR蒲田西口から大城通り・工学院通りなどを歩いて、その現在を確認しました。

昔の女塚の地図

小澤写真館を経営する写真家の息子であった小沢昭一は、女塚だけでなく、昭和の町並みや庶民の生活を写真に残していました。

それが、今回の『昭和の肖像(町)』という書籍にまとめられていました。

冒頭に、「高度経済成長に大きく変貌する我が国」と書きましたが、同書にはその頃作られつつあった高速道路や高層ビルなどの猛々しい写真はありません。

浅草界隈、都電、特殊浴場、商店街、通勤するサラリーマン、遊んでいる子どもたちなど、時代の先端とは異なる「昭和の心」がまだ残る光景ばかりを撮っています。

『昭和の肖像(町)』荒川

『昭和の肖像(町)』浅草
ともに『昭和の肖像(町)』より

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昔を振り返る意義


私はこういう昔を振り返る作品が好きです。

もちろん、自分の知っている時代なら「懐かしい」という思いがあります。

が、たんに「昔はよかったなあ」と懐古趣味に浸って思考停止に陥るのではなくて、現代と比較して現代がこぼれているところはないか、ということを確認するのです。

現代と1970年代を比べたら、現代のほうがいいでしょう。

医学も科学も法律も人権の扱いもよくなっています。

ただし、あらゆる面においてそうかというと、そう断言はできないでしょう。

置いてきぼりだったり、もしくは後退していたりするものもあります。

ですから、観念や幻想ではなく、「昔は良かった」ことだって十分ありえるのです。

社会の発展は、あらゆる事象が一律に同じ速度でまっすぐに進化するのではなく、部分的に行きつ戻りつも含みながら全体を通して発展の方向を貫いています。

そこで、「行きつ戻りつ」の部分は、進めない理由を明らかにして軌道修正をする必要がありますが、それには当時を改めて見直すことが求められます。

これは、社会現象であれ、個人の人生設計であれ同じではないでしょうか。

そんな、軌道修正のよすがとして、こうした書籍は資料価値が高いと思います。

人間はどこまで叡智で便利さを求めるべきか


私が同書の中でも興味深かったのが、「都電えれじぃ」というタイトルの付いた章の解説です。

引用します。
そもそも私、この都電ってやつが滅法好きときている。この正月にテレビで美濃部さんと一緒になった時も、「是非、都電を残して下さい!」ってお願いしたくらい。ー単なる懐古趣味じゃない。勿論なつかしさもあるけど、それだけじゃない。新幹線ってものは、人間が作れるかもしれないが、敢えてその力をためておいて、作っちゃいけないもんじゃないか。せいぜいこの都電ぐらいが人間の持つ機械車の最高峰であるというぐらいに、人類は便利文明を発達させる力をためていた方がいいんじゃないか。機械と人間のほどよき調和の象徴として、われわれの輝ける文明として都電ってものを残しておくべきなんじゃないか……。(中略)

 ほら、ごらんなさいよ。都電は乗る人がくるのを待っているでしょう。それからおじいさんが降りる時なんかそのようにドアをあけて、降りるまでみとどけて、絶対あぶなくないってところでドアがしまるとか、トントンとたたくとまたドアがあく。そういう人間の心が通っている乗り物がもう他にありますか。やっぱり機械っていうのは人間が使うものでしょ。そういう痕跡が残っているのがいいんだよなぁ。

要するに、機械は便利だけれども、あくまでも人間の下で働くものであって、人間の手におえないほどの能力をもたせたらいけないんじゃないか、ということを言いたいのかなと思いました。

この意見を聞くと、今年亡くなった“2人の健”高倉健宇津井健が出演した『新幹線大爆破』(1975年、東映)をあらためて思い出します。

新幹線大爆破

新幹線に、時速80キロ以下に速度を落とすと爆発する爆弾が仕掛けられ、千葉真一演じる運転士は「SLだったら自分で飛び降りることができたんだ」と吐き捨てるように言います。

新幹線は80キロ以上で走り、ブレーキも自動列車制御装置(ATC)でコントロールされています。

爆弾を抱えた新幹線は、便利すぎるゆえに人間の力ではどうにもならず、司令室は怒号が飛び交い、車内ではパニックとになります。

高倉健の主演作品はもちろんこれだけではないし、この作品は主に知識自慢の鉄道マニアからツッコミの嵐でしたが、それでも私のツイッターの感触では、高倉健が亡くなった時にこの作品に関するつぶやきのリツイートが非常に多かったように思います。

生涯現役だったのに、40年も前の作品が語られるということは、やはり『新幹線大爆破』が作品として面白かったからでしょう。

どうして面白かったかといえば、次から次へと訪れるピンチとそのパニックぶりであり、それはまさに、成果主義、右肩上がり第一主義の高度経済成長を皮肉るモチーフを感じたからではないでしょうか。

小沢昭一が都電を例にあげてそのような意見を述べているのは、新幹線だけでなく、核戦争や公害なども念頭に置いているのだろうな、ということも私は感じました。

今年10月、「第2回蒲田映画祭(シネパラ蒲田)」で、小沢昭一の同級生だった加藤武(文学座代表)が、小沢昭一の“霊代”で行ったトークショーのテーマは、

「戦争っていやだ。平和でいこうよ。」

きっと、小沢昭一が生きていたら、まさにそのテーマで話していたことでしょう。

いずれにしても、昭和という時代を少しでも知っている人なら、いろいろな思いをもって読むことができる書籍だと思います。

写真集 昭和の肖像〈町〉

写真集 昭和の肖像〈町〉

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/11/25
  • メディア: 単行本