ラッシャー木村、次男が『Gスピリッツ46』に今だから語る新事実

ラッシャー木村(1941年6月30日~2010年5月24日)。「金網デスマッチの鬼」「コンバンワ事件」などで知られるプロレスラーの祥月命日が今日です。『Gスピリッツ46』(辰巳出版)の特集「1981年8月9日以降の国際プロレス」では、鬼籍に入った本人に代わって次男の木村宏氏がインタビューを受けて新事実を語っています。(画像はGoogle検索画面より)
プロレスファンの間では、ラッシャー木村の名は当然知られていますが、そうでない方はどうなんでしょう。

Google検索画面より
高校生の時、宮城野部屋へ稽古見物に行った際、ちゃんこをご馳走になった義理で入門を断れなくなリ、夢であるプロレスラーになるための基礎体力作りとして、高校を中退して1958年に大相撲の宮城野部屋に入門。
1964年に待望の日本プロレスに入門するも、付き人をしていた豊登の誘いで東京プロレスの旗揚げに参加。
崩壊後は国際プロレスに入団してラッシャー木村として活躍。
金網デスマッチの鬼といわれて、血だらけ傷だらけになって団体を背負っていたものの、国際プロレスは1981年に崩壊してしまいました。
新日本プロレスに移るも、アントニオ猪木を挑発すべきリングに上がり、なんと「こんばんは」と普通に挨拶して観客の失笑を買い、以後「コンバンワ事件」とファンの間で語り草となりました。
アントニオ猪木に完敗して賞味期限が切れると、東京プロレスと新日本プロレス時代に世話になった新間寿の誘いで新団体UWFへ移籍。
1984年にはジャイアント馬場の全日本プロレスのリングに上がると、“笑われマイク”を逆手に取り、試合後に観客を笑わせるマイクパフォーマンスで前座試合の人気レスラーに。
2000年にはプロレスリング・ノアに7度目の移籍。
2003年に体調不良により長期欠場に入り、翌2004年に引退しました。
プロレス以外ですと、『三宅裕司のいかすバンド天国』(1989年2月11日~1990年12月29日、TBS)というアマチュアバンドのオーディション番組で、「耐えて燃えろ」というワンパターンのコメントでお馴染みだった審査員です。
『焼きそば鉄板麺』(シマダヤ)のテレビCMで、若手レスラー(浅子覚、井上雅央)を従えて焼きそばを焼き、「鉄板麺!」とハスキーボイスで絶叫していた人です。
どちらもまだ「昭和」の話なんですけどね(笑)
そのラッシャー木村は、2010年に腎不全による誤嚥性肺炎のため亡くなリましたが、次男の翻訳家・宏氏がインタビューに答えています。
新日本プロレスに行ったのはお金のため

「実は、僕はラッシャー木村の実の子ではありません。父と母の純子が知り合ったのは、フランスのパリなんです」
ラッシャー木村は、ヨーロッパ遠征中に純子夫人と知り合い、2人の子どもごと引き取って結婚したそうです。
国際プロレスは、一応毎週テレビ中継され、ラッシャー木村がチャンピオンの時代は、毎週月曜日にテレビ東京で放送されました。
しかし、華やかな立場とは裏腹に、「(国際プロレス時代は金銭的には)大変でしたよ」と宏氏は告白しています。
宏氏は自分でアルバイトして、さもラッシャー木村からたくさんの小遣いをもらっているということにして、ラッシャー木村の顔を立てていたそうです。
「団体が潰れる2年くらい前から、吉原(功)社長が浦和のご自宅を抵当に入れて、“5万できたから”“10万できたから”と親父を素通りして母に生活費として…。それが子供心に辛かったですね」
国際プロレスが崩壊後、ジャイアント馬場の全日本プロレスではなく、アントニオ猪木の新日本プロレスに。
「親父は馬場さんか猪木さんかとなったら…馬場さんなんですよ、本当は」
にもかかわらず猪木のところに行ったのは、新日本プロレスから提示されたトレードマネーが高かったからだと言います。
そして、ラッシャー木村は、そのお金をそっくり国際プロレスの吉原功社長に渡したとか。
新日本プロレスでは悪役だったため、自宅に生卵をぶつけられ、飼い犬がストレスで死んでしまうほど嫌がらせも受けたそうですが、ふだんの報酬もそれまでとは桁違いで、家族は少し余裕のある暮らしができたそうです。
全日本プロレス時代は、ファンからも暖かく迎えられ、「お金の心配をする必要もなく、心地よくいさせてくれた」そうですが、その後、ノアに移り、ラッシャー木村が死線を彷徨っているときに、全日本プロレスが団体保険を解約したいからハンコをくれと言ってきたと憤慨しています。
それは馬場が亡くなってから10年以上たってのことであり、全日本プロレスを引き継いだ武藤敬司が経営難に陥ったためです。
以前、桜田一男が、全日本プロレス時代に厚生年金を払ってもらったことを感謝する記事を書きましたが、
⇒『プロレスリングの聖域』桜田一男が打ち明けた“現役引退後”
団体保険も入っていたんですね。
しかし、武藤敬司はそれも食いつぶしてしまったと。
そもそもラッシャー木村がやめてから10年も経ってその保険を見直すというのは、プロレス団体がいかにいい加減な経営かというのがわかりますね。
いずれにしても、ラッシャー木村というのは、人がよく自己表現が苦手な一方、お金については比較的割り切った人だったのかもしれません。
といっても、それは守銭奴ということではなく、世話になった吉原功社長や、苦労をかけた家族の生活のためだったのでしょう。
ラッシャー木村、ご存知ですか?

Gスピリッツ Vol.46 (タツミムック)
この記事へのコメント
ラッシャー木村なんとなく聞いたことはあります。
それにしても国際プロレスの経営がそこまで厳しかったとは。エースの木村にしてそんな待遇だったのですね。そんな中で自分の体を傷つけながら、連日血みどろの試合をやっていたという。当時の経営の内実を知ると、試合にまた別の意味が見えてくる気もします。
国プロの試合動画はおもしろいのでちょいちょい観てますが、後年はこっけいなイメージが固まったラッシャーも、若い頃は上等に男前でしたね。ちょっと体型が若いファンにアピールできるようなタイプ出なかったのが痛かったですが、若い頃の顔はとてもよかったと思います。
新日ファンの嫌がらせも酷かったですね。どうして新日マットのラッシャーを観て、そこまで嫌がらせするような心理になるのか不思議です。ある種の集団ヒステリーと「嬉しがり」的ノリが合わさったような行動だった気がします。
>「妻よ薔薇のように」の宣伝を兼ねた対談でしょうか。
そうなのです。まず山田洋次監督が80代後半でなお精力的に撮り続けているのが嬉しいですね。そして近作で言えば、『東京物語』へのオマージュとして製作された『東京家族』は今一つでしたが、『家族はつらいよ』はなかなかおもしろいコメディでした。今またコメディのシリーズに取り組んでいることもまた凄いと思います。蒼井優も一時はパッとしなくなった感がありましたが、昨年公開の『彼女がその名を知らない鳥たち』で主演女優賞独占で大復活どころか、30代に入ってそのバリューを大きく更新した感もあります。そんな2人の対談だから、見逃せないと思いまして。
吉行和子も80歳を超えているのにはびっくりです。ほとんど中年の頃から変わってない気がします。演技も雰囲気も軽快そのもので、観ていてとても愉しいです。橋爪功も若い頃はちょっと恥ずかしいなという作品を目にしたことがありますが、『家族はつらいよ』は肩の力が抜けていて、とてもいい感じです。監督に引き出されるというのも大きいでしょうが、俳優の魅力は年齢に応じて開花する場合があるので、おもしろいし、ある年齢の時期がダメだったとしてもその俳優のキャリアは結局のところ、「死ぬまで分からない」ということでしょうね。
夏川結衣は派手な活躍ではないですが、出演していればしっかりと愉しませてくれる女優ですね。かなり前になりますが、阿部寛と共演したドラマ『結婚できない男』の夏川結衣もとてもよかったです。「夏川結衣が側にいる」という状況は、確かに確かに(笑)グッと来ます。
>「渥美ちゃんは湿っぽい」といったのです。
興味深いですね。確かに植木等はバスター・キートン的なドライな魅力がありますし、では渥美清はチャップリン・・・すごくあり得る仮説のような気がしてきました。
高知のテレビって、ご存知のようにティーンエイジまでのわたしには、「もっとプロレスをやれ―――!!!」という存在でしたが、いまだにいろいろ泣かされています。『孤独のグルメ』もそうなのですが、これは高知にネット局のないテレビ東京だからまだ分かるとしても、ネット局があっても観ることのできないケースもあるのです。最近なのですが、山田姉妹がフジテレビ系の深夜番組に出演という情報を知り、(やったあ!)とばかり新聞を見ると、番組欄のその時間帯には当該の番組名はなく・・・そこにあったのは「ローカル番組」の名前だったのですうううう(笑)。これはもう本当にですね、子どもの頃にレイスVSブッチャーを観ることのできなかった悔しさ、辛さが蘇ってきましたよ(笑)。 RUKO
アニマル浜口と寺西勇の印象が強いです。
あの時点でウケてその後のマイクパフォーマンスになったと思ってました。
昔のプロレスは強面で迫力がありますね
ですから名前だけは知っていたけどプロレスをしている姿を実際に見たのは新日か全日の中継時だったと思います。
マイクパフォーマンスをしていた時だから全日かな?
とにかく強い弱いより面白いオッサンって記憶しかないですね(^^;
「ノア」と遭遇し「ラッシャー木村」と2ショット写真を
撮らせていただきました。温厚な雰囲気の方でした。
プロレスは全然知らないんです。
その後の事は全く知りませんでした。
高校時代にプロレス好きの友達が多かったので。