宇野重吉、『男はつらいよ』で岡田嘉子と語った「人生と後悔」

宇野重吉(1914年9月27日~1988年1月9日)さんの生まれた日です。俳優、演出家、映画監督であり、何と言っても創設以来、終生劇団民藝を支えた演劇界の大重鎮でした。このブログでは過去にいろいろな作品をご紹介してきましたが、今日は“初出”の『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』(1976年、松竹)を中心にご紹介いたします。(画像は断りのない限り劇中より)

宇野重吉主演作品については、このブログでは過去に、『どぶ』『第五福竜丸』『金環蝕』『松川事件』などをご紹介したことがあります。
リアリズムを追求する宇野重吉らしく、山本薩夫監督や新藤兼人監督による、実在の事件は見ごたえがあります。
たとえば、
『第五福竜丸』(1959年、近代映画協会・新世紀映画/大映)

右が宇野重吉、左は稲葉義男
新藤兼人監督監督、自らが立ち上げた近代映画協会制作作品です。
1954年(昭和29年)3月1日、アメリカ合衆国の水爆実験(キャッスル・ブラボー)で被曝した遠洋漁業船第五福竜丸と、その船員たちの悲劇を描いています。
宇野重吉は、被爆死した久保山愛吉無線長役を演じました。
乙羽信子、稲葉義男、小沢栄太郎、殿山泰司、千田是也、永井智雄らも出演しています。
『松川事件』(1961年、松川事件劇映画製作委員会)

『松川事件』は、新藤兼人ほかの脚本、山本薩夫監督。
1949年8月17日、福島県の国鉄東北本線で起きた列車往来妨害事件です。
下山事件、三鷹事件と並び、第二次世界大戦後の「国鉄三大ミステリー事件」の一つといわれており、日本共産党員フレームアップ(思想弾圧の冤罪)事件ともいわれています。
主演の弁護士が宇野重吉のほか、千田是也、下元勉、北林谷栄、永井智雄、加藤嘉など、山本薩夫監督おなじみのメンバーに、若き日の宇津井健も加わっています。
こうした硬い作品に出演する伝統ある劇団の大御所というと、近づきがたい人間像を想像しますが、実際には気さくな方で、たとえば一見表現の世界が180度異なっていそうな、石原裕次郎との親交は有名です。

Google検索画面より
そして、喜劇としては、昨日の『男はつらいよ寅次郎恋歌』に引き続き『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』をご紹介します。
『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』(1976年、松竹)
『男はつらいよ』の第17作目で、宇野重吉は高名な画家、マドンナは芸者・ぼたん役の太地喜和子です。

飲み屋で、金も持たずに飲んでいる年寄り(宇野重吉)を、身寄りのない哀れな老人と思った寅次郎は、とらやに連れて帰って二晩みんなで面倒を見ます。
とらやを宿屋と勘違いしていた宇野重吉は、画用紙と墨で絵を描き、寅次郎に神保町の画商(大滝秀治)に持っていけば金を都合してくれると渡しました。

するとその絵は本当に7万円で売れて、宇野重吉が日本画壇の重鎮・池ノ内青観であることが明らかに。
その後、宇野重吉は播州の龍野市市長(久米明)に招かれ、秘書ら(寺尾聰、桜井センリ)一行と現地に向かう途中で寅次郎と再会。
寅次郎は関係ないのに、歓迎会まで参加して、芋を畳に転がして市長のスピーチを台無しにします。

1.退屈な寅次郎は芋を突っついていると、2.芋は畳の上をコロコロっと
3.こらえきれず笑い出す太地喜和子 4.ウケると調子に乗る寅次郎
5.久米明市長はスピーチしても 6.みんな座敷の真ん中の芋に注目
7.桜井センリや寺尾聰も気が気でない 8.芋をつかまえて器に戻す寅次郎(それ食うのか!)
ここは、山田洋次監督お得意の、劇中の爆笑シーンで、『釣りバカ日誌』の西田敏行なら、髪を振り乱してパンツ一丁になるところですが、渥美清はもっとスマートに(?)隣の人を突っついたり、お膳のものを転がし遊んだりして笑わせてくれます。
そこでいちばんウケていたのが、町一番の器量よし芸者(太地喜和子)でした。
播州の龍野は青観の故郷ですが、そこには昔の恋人志乃(岡田嘉子)が一人で暮らしています。
接待は寅次郎に押し付けて宇野重吉は岡田嘉子と会い、画家として出世するために別れた過去を詫びます。

宇野重吉「ぼくは、(今も一人暮らしの)あなたの人生に責任がある。ぼくは後悔しているんだ」
岡田嘉子「じゃあ、かりにですよ。あなたがもうひとつの生き方をなすっとったら、ちっとも後悔しないで済んだといいきれますか。あたし、この頃よく思うの。人生に後悔はつきものなんじゃないかしらって。ああすりゃ、よかったなという後悔と、もうひとつは、どうしてあんなことしてしまったんだろうという後悔」
このシーンはここで終わりますが、人生は選択した後悔と別のことを選択しなかった後悔がコインの裏表のように「つきもの」だということが述べられています。
要するに、いずれの生き方をしてもどちらの後悔もあるのだから、結局は選択したことに確信を持って前に進むしかないということなんだなあと私は解しました。
岡田嘉子というのは、「大正から昭和初期にかけて、サイレント映画時代のトップ映画女優」(Wikiより)である伝説の人です。映画ファンからすれば、このシーンだけで胸いっぱいでしょう。
一方、ぼたんが、悪い男に200万円だまし取られたことを知った寅次郎は、宇野重吉に「ぼたんのために(200万円分)絵を描いてくれ」と頼むのですが……
昨日の池内淳子の記事では、寅次郎がフラれなかった初めての話と紹介しましたが、この太地喜和子とは、フりもフラれもせず物語は終わっています。
私は本作は、全48作中の少なくともベスト5に入る佳作以上であり、センシティブな寅さんの相手は、実はズケズケモノを言うリリー(浅丘ルリ子)ではなく、太地喜和子が存命なら芸者ぼたんではなかったろうかと考えています。
出演者も豪華な『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』。おすすめです。
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この記事へのコメント
宇野重吉さんはしゃべり方に特徴のある
渋い俳優さんでしたね。
息子さんもたまにテレビで見かけます。
『松川事件』は未見ですが、ぜひ鑑賞してみたいです。「国鉄三大ミステリー事件」にはずっと前から強い興味がありまして、まあもちろん近現代史全般に興味があるのですが(笑)、特に「国鉄三大ミステリー事件」は関連本を読んでいるだけで鳥肌が立ってくるような不気味さがありますよね。それと少し語弊のある表現となりますが、「大人の事件」といった様相で、例えば近年の「オウム事件」などは極めて幼児的要素が含まれている感がして、「国鉄三大ミステリー事件」など、昭和の不可解事件とはかなり印象が異なるのです。
『男はつらいよ』は10月からBSテレビ東京(←10月より『BSジャパン』から社名変更らしいです)で全作品放送されるということなので、できるだけ観るようにしたいと思っております。こうしていっぷく様がいつも鋭く繊細な切り口で紹介くださるので、本当に助かります。どうしても同パターンを踏襲していることに目が行っておりましたから、その中でとても大切な差異が無数に織り込まれていることをいつもお教えくださっております。
岡田嘉子の出演作は、ひょっとしたらまったく観てないかもしれませんが、この人の経歴も凄いですね。岡田嘉子自身のことも、もっと知りたくなりました。昭和の大女優たちはよかれあしかれ、こうして歴史そのものと深く結びついている人たちが多いですね。若き日の原節子がナチス高官と面談していたりとか、まあこれは原節子にとって不名誉な足跡ではありますが、とにかくスケールが大きいです。それより後の時代でも、岩下志麻とか、さらに後でも、原田美枝子や樋口可南子、夏目漱石などがいましたが、今だと新垣結衣とか(←最近特に人気なのでつい例に挙げてしまいます 笑)、スケールしょぼ過ぎますよね(笑)。まあ嫌いではないのですが。その新垣結衣よりも1万分の1のくらいのスケールなのがKFCオカダカズチカというところでしょうか(笑)。
>板坂剛の署名記事ではないでしょうか。
そうです、そうです!猪木信者だったんですね。それにしても件のブロディ戦の記事はヒステリックな感じを受けました。「可愛さ余って、憎さ百倍」というところだったのでしょうか。わたしの場合は、プロレスを観始めたころは真剣勝負だと思っていて、徐々にそうではないことが分かっていき、それは猪木の場合も同様(アリ戦などは別ですが)だと理解してくるのですが、その過程で(裏切られた!)とか、極端に失望したことはなかったです。猪木の体が動かなくなってきて、試合がつまらなくなってきた時点で(猪木に対する)興味は薄れてきたというのはありましたが、(信じてたのに、裏切られた!)という感覚はなかったですね。やはりわたしは「猪木の大ファン」ではあったけれど、「信者」ではなかったと・・・この点には満足できます。何事に対しても、「信者とならない」がわたしのポリシーの一つですから。 RUKO
『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』は私も見たことがありますが、龍野という町が良かったですね。(それまでそんな市があることも知りませんでした。シリーズのなかでは、大洲と並ぶ発見でした)。
壮絶な人生を送った方だからこそ、
説得力のあるセリフですね。
当のアメリカでどの程度知られているかもわからない・・・、たぶん関心のある人物などいないのでは思われる「第五福竜丸」の運命にしても、現在の日本映画の状況ではこうした企画が通るとは到底思えない。是非とも観たい一本ながら、こうした種の映画は自ら購入をしないと観られないものと思えます。
最晩年のテレビ出演時しか知らない、岡田嘉子の波乱万丈な人生。それが良かったにせよ、そうでなかったにせよ。今の映画女優にはないスケールの大きさが感じられてなりません。
寺尾聡を見ていると、お父さんの真似をしているみたい、そんな目で見てしまうのは意地悪なんでしょうか。
宇野重吉さんは、すごい役者というのは聞いていましたが、あまり演技はみたことがないのです。岡田嘉子さんも名前だけ知っています。
太地喜和子さんは、魅力的な女優さんでしたね。上手いです。短命だったのが惜しまれますね。
岡田嘉子さん、若い頃は知りませんが、いい年のとり方をしたお顔に見えますね。
太地喜和子さんは色っぽくてかわいらしくて大好きでした。
惜しまれます。
観ていたようで、代表作が思い出せませんm(_ _)m
金沢土産ではなくて福井でした。
クルマでしたから移動していたようですm(_ _)m
リアルタイムで見ているはずなんですが
細かなストーリーは忘れています。
見直し中の今、12作だったか13作です。
あまり急いで見ると楽しみがなくなるので
ゆっくり見ることにしていますが
そのうち17作も見られると思います。