SNS上の訃報ポストで死因を明らかにすべきか
先日、娘さんを亡くした遺族が訃報を投稿したところ、死因を明かしていないことを非難するコメントが多数寄せられたといいます。いちいち死因まで明かす必要あるのでしょうか?この出来事は、私たちが訃報とどう向き合うべきか、深く考えさせるきっかけといえます。
宝塚出身の、毬谷友子さんが、Xで怒りのポストを投じました。
世の中が狂っている。
— 毬谷友子 ?? TOMOKO MARIYA (@mariyatomoko) August 21, 2025
最近のSNSは、常軌を逸している。
こんな事が現実にあっていいのだろうか?
娘さんを急逝された父親が、その旨をツイートしたら、たくさんの全く関係のない!見ず知らずの人達が、死因を書いていないと怒っているそうだ。
知り合いでも関係者でもない人達が!… pic.twitter.com/xsWWDFSM8B
「娘さんを急逝された父親が、その旨をツイートしたら、たくさんの全く関係のない!見ず知らずの人達が、死因を書いていないと怒っている」ことについて、「知り合いでも関係者でもない人達が!それを知ったから、どうだというのだ!」と、憤慨しているのです。
もとのポストも確認しました。
娘の急逝で死因を書かなかったことに対して非常に多くの方からお叱りとお怒りのリプを頂きましたが、突然の事に頭が回っていなかったことに加え、突然の急性心不全を起こしてから時間が経って夜遅くに妻が発見したため、警察の捜査と検死に時間がかかったことも大きな要因でした。…
— ふぇー@道・ROAD・道路 (@festiva1202) August 20, 2025
娘さんを亡くした上に謝罪とは……。
ここ数年で、訃報発表の在り方は変化しています。
かつては「永眠」「逝去」といった表現に留まらず、病死の場合には具体的な病名が、自死の場合には「不幸な出来事により」などと婉曲的に発表されることも多かったのですが、最近では、プライバシー保護の観点から、著名人でも、死因を公表しないケースが増えています。
死因開示を求める心理とは
ではなぜ、一部の人々は、訃報に死因の記載がないことに、強い不満や疑問を抱くのでしょうか。
そこには、「情報へのエゴイスティックな渇望」があります。
SNS時代において、私たちは常に詳細な情報を即座に得られることに慣れきってしまいました。知りたいという欲求がすぐに満たされない場合、不合理なほど強い不満を感じることがあります。
残念ながら、単なる好奇心的な興味から死因を求めている場合もあります。
SNSの匿名性が、本来なら抑制されるべき無神経な質問を促してしまう面もあるでしょう。
もちろん、「SNSなんかに発表したら、無責任な連中にいじられるに決まっているじゃないか!訃報を発表する方もする方だ」
という見方もあるでしょう。
ただ、遺族がSNSで訃報を発表するのは、様々な理由が考えられます。
SNSで訃報を共有することの意義
SNSは迅速に多くの人に情報を伝える手段として極めて有効です。
故人が生前SNSを積極的に利用していた場合、その方のネットワーク上で訃報を共有することは、自然な流れと言えるでしょう。
故人の友人関係で、SNS上でしかつながりがない場合、他の方法で連絡を取ることが難しいこともあります。
遺族としては、故人の交友関係を尊重し、可能な限り多くの関係者に情報を伝えたいと考えるのは自然な心情です。
また、グリーフ(悲嘆)のプロセスにおいて、周囲からの支えは非常に重要です。
SNSで訃報を共有することで、故人を偲ぶメッセージや慰めの言葉が集まり、遺族にとっての心の支えとなることがあります。
実際、適切な形で哀悼の意が表明されることで、遺族は孤独感を和らげ、悲しみを共有できると感じる方も少なくありません。
ですから、訃報をポストすることが悪い、ではなく、訃報につまらない言いがかりをするほうが悪い、というふうに考えるようにしたいと私は思います。
故人と遺族への思いやりを持って接すること
今やSNSでの訃報発表は、単なる情報伝達ではなく、新たな追悼の形でもあります。
故人のアカウントが追悼ページとして残され、多くの人が思い出を語り合う場となることもあります。
これは、時間や場所に制約されない、現代ならではの供養の形と言えるかもしれません。
もちろん、中には、SNSを含めて、ネットでの訃報発表が、適切でないと思われる場合もあるでしょう。
亡くなった人との関係が、良好とはいえなかったのに、訃報を見せられる場合もあります。
でも、それは、スルーすればいいだけですよね。
その選択は、それぞれの価値観や事情によって異なります。
いずれにしても、重要なのは、遺族の選択を尊重し、たとえ方法に違和感を覚えても、故人と遺族への思いやりを持って接することではないでしょうか。
みなさんは、ネットで発表する訃報のあり方、死因の報告の是非も含めていかが思われますか。

新版 インターネットの心理学 - パトリシア・ウォレス, 川浦 康至, 和田正人, 堀正
この記事へのコメント
無関係の第三者に対する説明責任も義務もありませんし、非難するなどもってのほかです。
当地の通夜で、喪主のあいさつで
亡くなった経緯などの説明が有るので
知るべきって感覚です
著名人に関してはあまり興味はないけど
スマホが個人の領域に入り過ぎです
赤の他人に対して、死因がわかったことに何の意味があるのかなって…
もっとご遺族に対して配慮して差し上げられないのかと思います。
無関係な第三者の開示要求に答える必要は全くないと思います。著名人の場合は、死因を明らかにしないことでいらぬ憶測を呼んでしまう事はあると思いますけれど・・。
理由で、町内会費を払っているのに、もらえるはずの
慶弔金がもらえませんでした。
家族葬=死んだことを隠したい=慶弔金対象外。
田舎ゆえ、町内会では、なんでも開示しないと
村八分です。
神田沙也加が逝っちゃった時、記者が両親に今のお気持ちはって質問したと思うけどそれくらいわからんのかよオメーは!と一緒なんだろう、自分がその位置に居ないと想像つかないんだろうね。
それだけ人と関わらない生活をしてるから、そういう心ない言葉が出て来るんだろうなぁと思う。
無さから、理解困難です。古典的紙媒体マスコミ上を除き、
文字で残さない方が問題少なので執筆者は書かないと、私
は解釈すべきが論。その情報。厳密性が怪しいケースも、
文字に残すと記録だけが、延々後に残りますからね。
死の原因までお知らせする必要はないと思います。
余談ですがガンが死因になることは少ないですね。
ガンが引き金で起こった症状が死因になります。
興味本位以外の 何物でもない 静かに 送りたい気持ちを 掘り返す
人間が 人間じゃ 無くなってます
全くその通りです。 第三者には全く関係のないことです。
そもそも論として人の死はSNSで知らせる性質の出来事なんでしょうか。
記事の後半ではそのへんのことも記載があります。
SNSの利便性や効用を否定するつもりはありません。
亡くなった方の死因を知ってどうするんでしょうか。
残された遺族の方々へは「ご愁傷様です」の一言で必要十分です。
でも、そんな人達は所詮その程度でしかないので、無視する以外に手は無いのかも知れません。
自分に関係なかったらスルーすべきでは。
遺族に不快感与えるのは、良くないですね。