大学ランキングと研究力のパラドックス:京都大学が私たちに教えてくれること
イギリスの教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」が発表した世界大学ランキングで、京都大学は55⇒61位にランクダウンしました。一方で、坂口志文・京都大学名誉教授と北川進・京都大学特別教授の2名がノーベル賞に選ばれています。
大学ランキングがもっと上の学校は世界に沢山あるのに、なぜ(今回ランクダウンすらしている)京都大学だけノーベル賞受賞者が次々と生まれるのか。
この一見矛盾した状況は、実は深い意味を持っていると私は考えます。
国際協力がノーベル賞を生む
世界大学ランキング、東京大学26位に上昇(無料記事)https://t.co/kfTDc7QCUk
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) October 12, 2025
イギリスの教育データ機関が発表。日本勢は京都大学が55位から61位に下がった一方、東北大学が103位、大阪大学が151位に順位を上げました。 pic.twitter.com/8kDqJ4veDO
今回受賞した坂口氏や北川氏をはじめ、日本人ノーベル賞受賞者の多くは、京都大学出身ですが、欧米の研究機関との共同研究や、国際的な助成金・奨学金を得て研究を継続してきました。
たとえば、日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹氏も京都帝国大学出身で、プリンストン大学での研究期間が重要な役割を果たしたことは広く知られています。
つまり、「京都大学出身の日本人研究者」という括りではあっても、その成果は決して京都大学だけで完結したものではなく、国際的な研究ネットワークと支援があってこそ生まれたものなのです。
研究に国境はありません。
優れた研究は、世界中の知恵と資源を結集して完成したものなのです。
留学生支援削減がもたらす未来への懸念
にもかかわらず、ですよ。
2025年7月、日本政府は博士課程学生への生活費支援から、留学生を除外する方針を決定しました。
「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」において、年間最大240万円の生活費支給を、2027年度から日本人学生のみを対象とするというものです。
これは、日本の科学技術の将来にとって、大きなリスクとなるでしょう。
日本が留学生への支援を打ち切れば、相互主義で、他国も日本人研究者への支援を見直すかもしれません。
過去のノーベル賞受賞者たちが海外の支援を受けて研究を続けてこられたように、未来の日本人研究者も海外での支援を必要とするかもしれません。
しかし、日本が留学生を排除する姿勢を見せれば、日本人研究者が海外で同じように排除される可能性が高まります。
そして、優秀な留学生が、冷たい日本を避けるようになれば、日本の研究環境そのものが停滞します。
多様な背景を持つ研究者が集まることで、新しい発想や発見が生まれるからです。
閉鎖的な環境では、イノベーションは起こりにくくなります。
理系の論文は共同研究が多いので、優秀なスタッフとしての留学生は貴重な戦力なのです。
もちろん、そのパテントは日本に残りますからね。
私はこのブログで何度も書いていますが、日本人の博士課程入学者が激減しているのは、留学生のせいではなく、日本政府も企業も博士課程やその修了者を大事にしないからなんです。
※留学生の方が大学に入学しやすい「不平等」との報道がありましたが、そもそもその枠はたった1%で、日本人受験生に影響はなく、かつ「学部」の話です。このデマは、また日を改めて記事にします。
大切なのは大学や企業の「ブランド」ではなく個人の「志」
気にしない。
— 有馬哲夫 (@TetsuoArima) October 12, 2025
61位の京都大学は今年2人もノーベル賞受賞者をだした。
このランキングで京都大学より上位になっている大学でノーベル賞受賞者を出した大学はない。 https://t.co/w5JxE6Igog
もうひとつ、ランキングの低下とノーベル賞受賞を結びつけて、私たちを含む教訓にしたいことは、「大学のブランドよりも、自分が何をしたいかが重要である」ということです。
京都大学が61位であっても、ノーベル賞受賞者を輩出し続けているという事実は、ランキングが研究者個人の可能性を制限するものではないことを示しています。
重要なのは、大学の格ではなく、その大学で何を学び、何を研究し、どんな志を持って取り組むかという個々の志なのです。
これは、ノーベル賞という、「雲の上の人の世界」の話ではなく、私たちに通じることです。
有名な大学に入る、有名な会社に入る。
それが自己実現なら、大変結構なことです。
でも、そこで人々が称賛してくれるのは、その大学名や会社名であって、その人自身に対してではないということを忘れないことです。
たとえば私は、若い頃は凡夫で、片親だからこそひとさまを見返したいとブランドにこだわり、新卒当時、日本一人気があると言われた某損保会社に縁あって入ったことがありますが、そのときは、何しなくても女性がモーションかけてくるのです。
私は単純だからその気になったところ、その会社をやめたら、女性たちはサーッと潮が引くように、みんないなくなっちゃった。「三高」なる言葉が流行していた時代、女性たちはあからさまに会社のブランド目当てだったのです。ふざけんなよな(涙)
ナイーブな私は、そのトラウマで人生を迷走し、晩婚になってしまいましたが、まあそれが世間というものです。
会社にしろ学校にしろ、入ることが目的になってはだめで、自分がそこで何をしたいか、自分らしい道を見つけるための手段であれと、改めて考えさせられました。
出身学校や会社名のブランドしか自慢できない人生では、自分軸の人生とはいえませんね。
みなさんは、肩書や学歴ではなく、自分自身を誇れるこだわりは持たれていますか。

みんなが知りたい! ノーベル賞 世界を変えた偉大な功績がわかる - ノーベル賞学習研究会
この記事へのコメント
あの頃、クリスタル族なんて言葉がありましたよね。
自分の人生で自慢できることなんてないけど、以前は知人の誕生日だけは必ず覚えてました。
年齢が経つと、忘れていってますけど^^;
海外に行かないと十分な予算がもらえないし、環境も整わない
減らされる一方です。
今のノーベル賞は、過去の研究成果なのであって、
今後は、もう受賞は難しいのでは?
nice!です。
も空振りだった理由。正しく解いた人間、私より前に居なかった
からね。俺を誰だと思ってんだ、と言ったところでしょうか(冗談)。
そもそも俺には肩書き学歴無いので存在そのものが誇りかな、最後に笑って生き残るのは俺だ(笑)。
先を見通してして研究しやすい環境を作って欲しいですね!
政府がもっと研究にお金をかけてほしいとのこと、
どうも日本の政治屋は理解できないようですね。
減らされて今後大変なことになると訴えていましたが、若くして
亡くなってしまいました。斜陽の国へまっしぐらな気がします。
生きてきたこと。