信仰のカミングアウトと家族の葛藤
ABEMA NEWSでは、自身の信仰を、パートナーや先方の両親にいつ伝えるべきかという問題に焦点を当てた記事がリリースされています。パートナーには、結婚前に伝えるべきか、義理の両親から拒絶されて「前もって伝えればよかった」「実際に顔色を見てしまうと難しい」と困惑しているといった内容です。
記事は、宗教的なカミングアウトの困難さが浮き彫りになっています。
たとえば、宗教を信仰していることで、義理の両親から結婚を拒絶された当事者の体験談を紹介し、カミングアウトのタイミングを誤ったことへの後悔が語られています。
一方で、夫が新興宗教3世であると結婚直前に知らされた側の体験談もあり、信仰を理由に義母から勧誘を受けたり、子どもへの信仰強要があったりした事例が示されています。
出演者からは、本当に信じているなら交際前に伝えるべきという意見や、カミングアウトのタイミングよりもパートナーが味方になってくれるかどうかが重要という見解が提示されています。
子や孫を「宗教II世」にされたくない
今日の情報源です。
「宗教に入ってます」パートナーにいつ伝えるべき?義理の両親から拒絶された当事者「前もって伝えればよかった」「実際に顔色を見てしまうと難しい」 https://t.co/OHkbSNyZQv@tv_asahi_news
— 釋良直 (@namujyoudonews) November 16, 2025
表現をぼかしていますが、これは要するに新興宗教もしくはカルト教団のことだろうと思います。
たとえば、夫側の実家が浄土真宗の門徒で、妻側が真言宗の檀家だから破談になった、などということはふつう聞きません。
カルトは、反社会的ですから、反対されて当然ですね。
では、なぜ新興宗教だと、不和や破談になるのか。
他の宗教はわかりませんが、仏教についていえば、伝統仏教と新興の違いは、やはり「宗教II世」の有無にあります。
つまり、本人だけの信心ではなく、配偶者、その縁者、さらには子や孫の代まで、延々とその宗教を押し付けられてしまうことを懸念されるから、新興宗教は嫌われるのです。
以前、手かざしにハマった私のイトコの妻が、よりによって私の義弟の葬式で、骨上げ後の精進落としの食事のときに、列席者をまわって布教活動をやりやがったことがあります。
イトコの妻は義弟と一面識もなかったのに、葬儀列席を張り切っていたので、なんだろうと思っていたら、そういうことだったので、カルトとはまともにやってられないなと呆れたものです。
もちろん、本来の仏教は、そういうものではありません。
古代インドで仏教が生まれた、お釈迦様時代は、僧団(サンガ)といって、世間を捨て出家して、男女別の僧同士の生活をしました。僧団のルールである「律」では、男女の関係は禁じられました。
それは、ひとさまをオルグしたり、「宗教II世」を作ったりしないためという理由もあります。
布教も「業」のひとつであるからです。
日本は、聖徳太子が、イデオロギーとして仏教を利用したかったので採り入れたため、僧団の律は導入されませんでした。
その結果、宗門は宗家(始祖から続く正嫡の家系)による世襲で、寺院もそれに倣っています。
ただ、さすがに個々の信徒の信教までは「世襲」ではなく、そもそも現在の日本国憲法ではそれは認められません。
信教は内心の自由ですから、親だろうが恩人だろうが、「この宗教を信仰しなさい」と指図してはいけないのです。
そして、本来の仏教は、他の宗教と争ったり、他の宗派否定に血道を上げたりしません。げんに、日本には神仏習合という歴史があるし、日本はそもそも信仰に緩い国で、一人で複数の宗門や宗派に関わりを持つことも珍しいことではありません。
それもまた、信教の自由というものです。
ところが、過日もご紹介した浄土真宗親鸞会会員のYouTube動画などでは、他宗教は「外道」と唾棄し、鳥居もくぐってはいけないので、神社にもいけません。
ことほどさように、新興宗教団体の多くは、伝統仏教にはない、その教団特有のルールや「常識(世間の非常識)」があり、信者でない人にとっては、それが日常生活を窮屈にされる可能性があります。
伝統仏教にはないその教団特有のルールに辟易
安倍元首相銃殺事件、山上被告の母親が初証言「子どもの将来より献金が大事だった」旧統一協会への“揺るぎない信仰”明かす https://t.co/Gpbj5LVpvV pic.twitter.com/yTE0IwWJ07
— ニフティニュース【公式】 (@niftynews) November 15, 2025
結婚自体は当事者の自由ですから、親が反対しようがそんなもの無視すればいいです。
が、親が「我が子は、ヘンな宗教に入ったやつなんかと結婚してほしくない」と思うのもこれまた自由です。
ですから、親が賛成しない結婚をするなら、祝ってほしいとか、わかってほしいとか、子は自分勝手なことを思わないこと。
自分が結婚するのも自由なら、親が祝福しないのも自由なのです。子には子の、親には親の考えがあります。
ですから、結婚後も親はあてにしないこと。
そこは、子も親も五分五分だと思います。ところが、共依存している親子は、そのようにきちんと割り切れないのです。
そして、配偶者(になる人)が、自分が信仰していない信教宗教の信者だった場合、これは人それぞれでいちがいにはいえないので、その人次第ですね。
上掲のニュースに書かれているように、信仰を事前に言うのは当然だと思います。
子供を、勝手に入信させられても困るし。
まあ私だったら、そういう人は、たぶんご縁がなかったとお別れするかな。面倒だからさ。あっさりと。
冷たいようですが、宗教に人生を捧げるのなら、そういうことも覚悟しなければなりません。
信仰と、世俗的利益や幸福を引換えにするのがいやだという欲たかりは、信仰は諦めて「普通の人」として暮らしたほうがいいと思います。
信仰って、趣味と違うから、真面目に信仰するのなら、それは仕方ないと思いますよ。
みなさんは、新興宗教者との、こうしたトラブルは経験ありますか。

新宗教を問う: 近代日本人と救いの信仰 (ちくま新書 1527) - 島薗 進
この記事へのコメント
公明党の母体でした
家族と食事の際その話になり、まずはうちの両親から拒絶反応
次は向こうの親からの・・・で別れちゃいました
遠い昔の話ですが
入院中に姑の部屋に着替えをとりに入ると、そこには見慣れない祭壇のようなものがあり、そこに祀ってある札のようなものに私の名前が書かれていました。
結婚前にそうした宗教を信仰しているとはまったく聞かされていなかったうえに、一言の断りもなく、勝手に入信(名前だけでも)させられていたのかと思うとゾッとしましたね。
あとからわかったことですが、旅行はその宗教の大会に参加するためのものでした。
脳梗塞は、夜行バスの強行軍で無理をしたためだと思われますが、本人は「〇〇様(教祖)のおかげでこの程度で済んだ」と言っていて、つきあいきれないと心底思いました。
若い頃はいろんな宗教の勧誘は受けましたが、何も入ってなかったので問題なく結婚できたようです。
でも、友人関係からある(宗教関係の)新聞を取ってくれないかってお願いがしょっちゅう来て辟易してました。
結婚してから親族から強い勧誘を受けて困っている・・という話は聞いたことがあります。輸血を拒否する団体さんです。最終的には離婚されたようです。
心のよりどころをどこに求めようと自由だと思いますが、人に強要するのはNGですね。
そんなものに人生を委ねたくありませんから・・・
関係のある人間の数がそんなに多く無いので、たまたまですね。
かつて尊敬する工学部出身の先輩。
ある宗教を信仰していました、その彼の家に(大阪)泊めて
もらったときお勤めと称して2~30分お経をあげていたのには(゚Д゚)!
この姿を朝晩見て育つご子息たちもお仲間だそうです。
注;いかがわしい宗教ではありません
何時も入会はするけれど、心底信仰は出来ない旨を伝え
退会・席だけ(相手は会費目的)信仰は個人の自由
私のような生き方も(終わりは先祖伝来の仏の道)
>HOTCOOLさん
>2025年11月19日 06:24
>学生のころ付き合っていた方及びその家族がS学会でした。一度、彼女の家に遊びに行ったら勧誘されてしまい、そのことがあって別れた経験があります。
それはよく聞く話ですね。私の友人にもいました。
s学会の人は、熱心な人ほど結局s学会の人と結婚することが多いようですが、本人たちはそれでいいのではないでしょうか。
でも子供には「信教の自由」をお願いしたいですね。
NICEです
それを言うと、けげんそうな顔をされます。
日本人は、神仏を信じる国民なのかしら。
検査入位でほぼ毎日見舞いに来てくれたが、小学生時代の懐かしい話から、なぜか?数日後創価学会に勧誘。ニコは勧誘するならもう来るな!と言った。
勧誘でない見舞いならOKだったけど、その後見舞いに来なかった(爆笑)
なかなか難しいですよね。
10人いると、10通りの解釈、というか、理屈、というか。
でも、世間の常識に照らし合わせて、『非常識』は断然NO!ですね。
身内にカルトが居ると難色を示される事が多く、私の世代ではカルト=オウムやエホバと言った図式が成り立っていますから。
結婚は勿論個人同士の関係ですが、家の家が結ばれる事でもあるので安易に考えるのもどうかと思いますね。
カミングアウトは早い方が良いと思います、遅ければ取り返しがつかない場合も出て来るでしょうから。