別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』 Kindle版
養老孟司先生が、お茶の水女子大学附属中学の生徒に行った「特別授業」を載録した書籍『別冊NHK100分de名著 読書の学校』をご紹介します。夏目漱石の『坊っちゃん』が好きで、なぜタイトルが「坊っちゃん」なのか、大人になるというのはどういうことか、といった話をされています。
養老孟司先生は、著者自身の倫理観や経験を投影した『坊っちゃん』が、忖度に満ちた社会で、自分の頭で考え、正義感を貫くことの困難さと痛快さを描いており、漱石自身のロンドン留学経験から得た「自己本位」(自分で考えること)の重要性が作品の根底にあると分析しています。
最終的に、真の学びとは、既成の価値観に流されず、自分自身が変化することであり、人生に正解はなく、自ら道を切り開くべきだと、15人の生徒たち(女子12人、男子3人)に説いています。
書籍になっただけあり、これは、大人が読んでもためになる良書だと思いました。
変化を恐れず成熟していくことが「大人になること」
[8/25発売]「読書の学校 養老孟司 坊っちゃん」、手前味噌ですが前評判が非常にいいです。いつも手厳しい助言をくださる、装丁の菊地信義さんも絶賛してくださった。何より養老先生の生徒たちへの語りが面白いのですが、編集部もいろんな仕掛けを作り、力が入った1冊となりました。 pic.twitter.com/3dDFtFvBcH
— 100min_meicho (@100min_Meicho) August 22, 2018
生徒から、「本作はなぜ『坊っちゃん』というタイトルなんでしょうか」と質問がありました。
養老先生は、単に主人公のあだ名というだけでなく、「大人になるとはどういうことか」という作品の核心的なテーマを表しているからだと答えています。
養老先生はまず、「坊っちゃん」という言葉から連想されるのは「子どもっぽい」ことだとした上で、子どもは「自然に近い生きもの」であり、本来は社会の価値観とぶつかる存在だと説明しています
主人公は数学教師として働いていますが、学校という組織や人間関係の中で次々と軋轢(あつれき)を生み、騒動を起こします。
養老先生は、彼が教師という立場でありながら、「どこか大人になりきれていない」からこそ「坊っちゃん」と呼ばれているのだと解説しています
子どもが成長して社会に出ると、自分の純粋な感覚と世間の常識との間に「食い違い(ズレ)」が生じます。
この作品は、そうした「子どもが大人になっていく過程」や「世間とどう折り合うか」という葛藤を描いているため、『坊っちゃん』というタイトルが付けられていると論じています。
つまり養老先生は、このタイトルには、社会の建前やシステム(大人社会)に馴染めず、自分の感覚(子どもごころ)に正直に生きようとする人間の姿が込められていると答えています。
正直に生きるとはどういうことか。
人生に正解はなく、答えは自分で探すものであるため、自分の頭で考え抜く姿勢を求めています 。
そして、もし自分と世の中との間に「ズレ」を感じたなら、単に悩むのではなく、徹底的に考えた上で、自分の考えで行動に移すことを勧めています。
綺麗事の理屈ばかりで、何も踏み出せない、行動しない人がいますよね。それはだめだという話です。
たとえば、夏目漱石は、実生活でも、博士号を辞退したり、英文学者から新聞記者に転職したりして、世間の権威よりも自分の価値観を大切にした生き方を選びました。
今でこそ、マスコミは花形職業ですが、夏目漱石の活躍した時代は、新聞記者の職業的評価は決して高くなく、帝国大学を出てまでやる仕事ではない、と世間では言われていたのです。
養老先生は、先生や教科書、本に書いてあることを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で問題を立て、考えることが「大人になる」こと、すなわち精神的な自立であると伝えています 。そして、それを実践に移すのです。
つまり、世間で言われる「大人になる」というのは、「忖度した物わかりの良さで世渡りすること」をいいますが、養老先生は、それを180度否定して、「忖度しないで、自分の価値観で自分の人生の道筋を掃き清めなさい」と述べているのです。
そのためには、義務や惰性ではなく、自覚的に学ぶことが必要です。
学ぶことや知ることは、知識が増えるだけでなく、「自分の本質が変わること」「昨日までの自分と同じ人ではなくなること」だと語りかけ、変化を恐れずに学び、成熟していくことを促しています 。
これは、中学生だけでなく、この世の中に生きている限り、たとえいくつになろうが、老若男女すべての人々が心得ておくべきことだと思いました。
変化を恐れたらだめなんです。守りに入ったら、それは退化の始まりです。
私も、遅きに失している感もありますが、でもまだこれからの人生、変化を恐れずに学び、何歳になろうが生涯現役でありたいと思っています。
解剖学者がなぜ仏教徒なのか
養老孟司先生といえば、平成で一番売れたといわれる『バカの壁』の著者です。
当時は、タイトルで売れた感もあり、タイトルで引きつけようとする本ほど、中身が大したことがい場合が多いので、正直、私はあまり関心はありませんでした。
しかし、このブログでもご紹介した『方丈記』の解説が、同作の仏教的モチーフをきちんととらえられていてすばらしかったので、以来、すっかりファンになってしまいました。
漫画方丈記(信吉、文響社)日本最古の災害文学 https://t.co/qv1Xot1I4r
— 無明子 (@shirimochigome) December 18, 2025
養老先生は、「私は、特定の宗門に帰依していませんが仏教徒です」と自己紹介するそうです。
仏教を、「信仰対象(仏を拝むこと)」としてではなく、「世界や人間の心を理解するための精緻な思考システム(哲学)」として捉えています。
先生は、「現代科学の行き詰まりを突破するヒントが仏教にある」と頻繁に述べています。
そして、仏教の根本思想である「諸法無我(確固たる自分など存在しない)」に共鳴していますが、かといって、特定の宗派に入信して「救われたい」と願っているわけではありません。
「救われたい」と願うこと自体が「自分への執着」であり、仏教に反するパラドックスであると考えている節があります。
したがって、特定の宗門には属さないが、信仰ではなく思想として仏教徒である、という立場になります。
アインシュタイン、ニーチェ、ショーペンハウアー、バートランド・ラッセルなど、西洋の学者が仏教を評価するのも、思想としての評価なんだろうと思います。
東京大学の解剖学教室を定年前に退職した養老先生は、複数の宗門によって運営されている仏教系の大正大学で教えていますが、医師免許を持った仏教学の先生、というのは実にユニークですね。
みなさんは、養老先生仰るところの「既成の価値観に流されず、変化を恐れない自立した大人」として人生を送られていますか。

別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』 - 養老 孟司
この記事へのコメント
凡人は世間の顔色をうかがいながら、何となく生きるのがほとんどだと思います。
頭の出来が違いすぎ
もっと、新しいことにもチャレンジしていかないといけないですね^^;
nice!です。
そうありたいものですね
此れから大人になれるように励みたいです。
未だヤンチャな子供ですので励みがいが在ると思います。
今年もう少し頑張ります。
せめて、変化に遅れないようにというレベルの思考。。。
あまり深く考えない! やはり平凡な凡人ですね。
読書の習慣が子供の頃からなかったので〜
今頃後悔してますよ!