除夜の鐘が苦情で中止相次ぐ中で、午前10時の鐘として復活
集英社オンラインの記事は、近隣住民からの苦情や運営側の負担を理由に、伝統的な除夜の鐘を中止する寺院が増えている現状を伝えています。静岡県の大澤寺では、深夜の騒音トラブルをきっかけに行事を断念していましたが、数年後に開催時間を午前10時に変更することで復活させました。
この大胆な時間の前倒しは、騒音問題の解消だけでなく、厳しい寒さの中での作業を避けたい運営スタッフの要望にも合致しています。
結果として、苦情が一切出ない形で日本の伝統文化を継承することに成功しました。
記事は、時代の変化に合わせた柔軟な対応が、地域社会と伝統を守る鍵であることを示唆しています。
除夜の鐘を中止に追い込んだ社会的背景
今日の情報源です。
「うるさい」「酔っ払いばかり」除夜の鐘を中止する寺が増加する中、苦情ゼロで復活した“午前10時の鐘”https://t.co/P2LMtWkikP
— 集英社オンライン (@shueisha_online) December 26, 2025
記事によると、除夜の鐘が中止に追い込まれる背景には、近隣住民からの具体的な苦情に加え、寺院側が抱える運営上の問題という2つの大きな側面があります。
1. 近隣住民からの苦情の傾向
苦情の主な内容は、深夜の騒音と参拝客のマナーに関するものです。
騒音への反発:最も直接的な要因として、深夜に響く鐘の音に対する「うるさい」という苦情が挙げられます。静岡県の大澤寺の事例では、住宅地にある寺院で参拝者が自由に鐘をつける形式をとっていたため、音が深夜2時過ぎまで響くことがあり、匿名の電話で苦情が寄せられました。
参拝客の質:音そのものだけでなく、集まる人々に対して「酔っ払いばかり」であるといった、治安やマナーに対する不満の声も挙がっています。
2. 社会的背景と運営側の事情
中止に至る背景は外部からの圧力だけではなく、行事を支える運営側の負担という内部的な要因も大きく影響しています。
運営協力者の負担:除夜の鐘の運営には「世話人」と呼ばれる地域の人々の協力が不可欠ですが、深夜の寒風吹きすさぶ暗い境内での作業は、身体的に非常に「辛い」ものになっています。
継続の困難さ:苦情への対応に加え、こうした運営側の過酷な環境や負担感が、従来の深夜帯での開催を困難にさせています。
これらの問題を解決するため、一部の寺院では開催時間を昼間(午前10時など)に変更することで、苦情をゼロにしつつ、運営側の負担も軽減して行事を復活させる動きが出ています,。
あくまで例えですが、これは「24時間営業のコンビニエンスストアが、深夜の客層トラブルや店員の過重労働を理由に、営業時間を短縮する動き」と似ています。
地域社会との調和や働き手の事情に合わせて、伝統的な「深夜のサービス」が持続可能な形へと変化を迫られている状況と言えるでしょう。
ただ、そもそも除夜の鐘って、苦情が出るほど迷惑なものなのか、という根本的な疑問はありますね。
私の場合、『紅白歌合戦』は何十年も前から見ていませんし、『行く年くる年』もいつのまにか見なくなりましたから、近くの池上本門寺から聞こえてくる除夜の鐘で、「ああ、新年を迎えるんだな」という気持ちになっていたものです。
池上本門寺は、除夜の鐘自粛どころか、先着600名が鐘をつかせてもらえるそうです。
600回も鳴らす? いやいや、一組6名で鐘をつきます。
鐘をついてみたいという方で、お近くの方はどうぞ。
除夜の鐘は日本仏教の儀式
除夜の鐘についてかんたんにまとめると、仏教では、人間には108の煩悩があるとされます。
そこで、大晦日の夜に鐘を108回つくことで、煩悩を払い清める意味を持つそうです、
古い年の迷いや執着を捨て、清らかな心で新年を迎える ための儀式ですが、具体的に108の中身を示した経典はありません。
そもそも、除夜の鐘の起源はインド仏教ではなく、中国仏教を経て日本で成立した習慣です。
108の根拠とされるのは、次のような「煩悩」の組み合わせ計算です。
六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)
× 三受(苦・楽・不苦不楽)
× 二(浄・不浄)
× 三(過去・現在・未来)
→ 6 × 3 × 2 × 3 = 108
「108の煩悩」+「年越しの鐘」という形は、日本仏教独自の考え方です。
つまり、年越しの108鳴らす除夜の鐘、というのは、日本仏教独自の行事ということです。
「なあんだ、お釈迦様のインド発祥じゃないのか」
と思われますか。
でも、そもそも日本の仏教自体が大乗仏教といって、お釈迦様直伝のものではありません。
では偽物かと言ったら、そんなことはなくて、たとえばご先祖を敬ったり、慈悲や利他の精神を大事にしたりと、初期仏教の教えをもとに、さらに豊かなものに発展しているのです。
除夜の鐘が日本だけで強く定着した理由は、仏教教義に、日本固有の民俗観・時間観・宗教観が融合したためです。
具体的には、年越し=「境目」を重視する民俗意識、音による「祓い」の信仰(鳴り物信仰)などがあるとされています。
そういう意味では、除夜の鐘は、仏教が日本に根付き発展した証としての行事ですから、私はやはり大事にしてほしいなと思います。
みなさんがお住まいの地域では、除夜の鐘は聞こえますか。
きっと、伝統を守ってくれるお寺もありますよね。
どうか、よいお年をお迎えください。

歴史読本2011年2月号 日本のしきたり 年中行事由来とまじない おせち料理から除夜の鐘まで
この記事へのコメント
午前10時の鐘という発想の転換が、伝統を未来へつなぐ道になるのですね。
やはり除夜の鐘を聞きつつ、新年を迎えたいと思います。よいお年を。
実家の方では、聞いていたと思うのですが…
三浦の方の友人は、毎年近くのお寺に除夜の鐘を突きに行くのを楽しみにしています。
ちょっと羨ましいのですが…
今年もお世話になりありがとうございました^^
来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えくださいね^^
こえます。
苦情は、除夜の鐘より花火の方が風当たりが強かったらしく、
ここ数年は、花火の音がし無くなったのが、私のところでは目立
ちます。まあ、隣接した家では、うるさいのかも知れませんが。
寺より人間の煩悩に対して、文句を言うしか無いのかもですねえ。
お寺さんが集まってるので、それぞれの鐘の音の違いも楽しんでます
nice!です。
新年あけまして
おめでとうございます。
旧年中はありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
除夜の鐘、遠くから聞こえてきます!
おめでとうございます。
私もここ数年、紅白も見ないし、除夜の鐘を突きに行くとかお参りに行くとかは何十年もしてません。
というか、最近はいつもと同じ時間に寝ています。いつも同じ時間に起きて体操をしている。
眠いのに頑張って起きてる必要があるのだろうか?と思って、12時まで起きてる事を止めました。
本当であれば12時に108つの除夜の鐘を突くのに意味がありますが、やめるより、時間をずらしても続けて、伝統を後世に伝えて行った方が良いと私は思います。108つの煩悩の計算、初めて知りましたが良いですね!
新年あけましておめでとうございます
本年も宜しくお願い致します
旧年中はたくさんのコメントをいただき
ありがとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
テレビの放映くらいです。
もし、目の前にお寺があって鐘をつかれたら、「うるさい」と
感じるか、趣を愉しむか、どうでしょう。。。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
除夜の鐘は聞かないですね。
本年もよろしくお願いいたします。
除夜の鐘で苦情??
そんなに苦痛なのかなあ??
もっとも、わたしは12時前に酔っぱらって寝てしまうので、気が付きませんでした。
改めまして、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
m(__)m
また、色々な情報お知らせ下さい
以前はかなり遅くまで響いていましたが、最近は23時半ごろから始まって1時間ほどで終了するお寺が多いようです。
遠くから人が集まるような有名寺ではなく、近所の人のためのもの。
順番に並んで静かに手を合わせ鐘をつきます。特にうるさいと感じたことはありません^^;
そんなことになぅている事初めて知り勉強になりました。
伝統行事が消えゆくことは残念ですね。
本年も宜しくお願いいたします。
新しい年がやってきました。おめでとうございます。お天道様に感謝。本年もどうぞよろしく。