「見ていない間、現実はどうなっているのか?」という話(シュレディンガーの猫)
1935年に、物理学者エルヴィン・シュレディンガーが提唱した、量子力学の奇妙な性質を象徴する「シュレディンガーの猫」という思考実験を解説した書籍をご紹介します。
昨日の記事で、「自分は絶対に過失はない」といった趣旨のコメントをいただきました。
たしかに、「自分は大丈夫だ」と思いたい気持ちはよく分かります。
ただ、記事でも書いたように、人間は意思だけで生きているわけではなく、状況や偶然に大きく左右される存在です。
たとえば、10年間ずっと同じ散歩コースを歩いていた人が、「ここが絶対だ」と思っていても、ある日、工事で通行止めになれば、コースを変えるか、散歩をやめるかしかありません。
このように、私たちの選択は、思っている以上に偶然に左右されています。
そう考えると、私たちの考える「絶対」なんて、いかにはかなく虚しいことかわかるでしょう。
……ということで、未来のことが読めないのはもちろんですが、実は、「すでに起こったはずの出来事(過去)」でさえ、見方によっては必ずしも一つに確定しているとは限らない……そんな量子力学の研究を今日はご紹介します。
それが、有名な「シュレディンガーの猫」という仮説です。
「生きている」と「死んでいる」が重なり合う
日常の経験で、こんなことはありませんか。
「あれ、さっきメガネどこに置いたっけ?」
「確かここにあったはずなのに…」
部屋を探し回って、ようやく見つける。
そのとき、ふと不思議に思うことがあります。
「見ていない間、メガネは“ちゃんとそこにあった”と言い切れるのだろうか?」
もちろん普通は、「あったに決まっている。あったのをど忘れしただけなのだ」と考えますよね。
『トイストーリー』の玩具たちじゃないんだから、人が見ていないときに勝手に動くなんてはずがない。
??『トイ・ストーリー5』最新予告解禁??
— ディズニー・スタジオ(アニメーション)公式 (@DisneyStudioJ_A) February 19, 2026
日本公開日が7月3日(金)に決定??
『トイ・ストーリー』日本公開から30年?
テクノロジーというかつてない脅威を前に
《ウッディ&バズ》の名コンビが帰ってくる??
お馴染みの顔ぶれも登場?????
時代が変わっても、君は―
ずっと、ともだち ?* pic.twitter.com/GLGlU6ccOl
でも実は、現代の物理学(量子力学)は、この“当たり前”に疑問を投げかけています。
1935年、物理学者のエルヴィン・シュレディンガーという人が、こんな妙な話を考えました。
箱の中に猫と毒ガスビン(割れる確率50%)を入れて、その生死が「偶然」で決まるようにしておく。
そして箱を閉じる。
さて、1時間後――
箱を開ける前、猫はどうなっているのか?
普通に考えれば、猫は「生きている」か「死んでいる」か、どちらかです。
ところが、量子力学の理論では、SF小説にも出でこないような状態になってしまうのです。
「見るまでは、生きてもいるし、死んでもいる。見ることで初めてどちらかが決定する」
私たちは普段、「現実ははっきり決まっている」と思っています。
けれど実際には、私たちの認識する世界は、かなり“あいまい”です。
量子力学は、その「あいまいさ」が人間の頭の中だけでなく、世界そのものにあるかもしれないと言っているのです。
偉い学者も納得できなかった
この考えに強く反発したのが、あのアルベルト・アインシュタインです。
彼は、「神はサイコロを振らない」と言いました。
つまり、「世界はそんな偶然まかせの曖昧なものではないはずだ」という意味です。
これは、多くの人の実感にも近いでしょう。
ところが、1980年代にアラン・アスペという学者が行った精密な実験によって、アインシュタインの考えは覆されてしまいます。
その実験では、「最初から結果が決まっていた」と考えるよりも、「誰かが見た(観測した)その瞬間に、初めて結果が決まった」と考えないと、どうしても説明がつかない結果が出てしまったのです。
簡単にご説明します。
ミクロの世界の物質は、例えるなら「回っているコイン」のような状態だったのです。
コインは回っている間は、「表」でも「裏」でもありません。
手でパシッと押さえて(=観測して)初めて、どちらかに決まりますよね。
アラン・アスペの実験も、これと同じように「測ったその瞬間に、初めて結果が決まる」と考えないと、説明できないことが証明されてしまったのです。
この世界は思っている通りにできているのか?
離れたところにある2 つの粒子が、 一対となり呼応して振る舞う「量子もつれ」状態を実証したアラン・アスペ氏とジョン・クラウザー氏、量子テレポーテーションを実証したアントン・ザイリンガー氏にノーベル物理学賞。
— Nature ダイジェスト/編集部 (@NatureDigest) October 4, 2022
2012年には、量子特性の観察手法を発明したアロシュ氏とワインランド氏に同賞。 https://t.co/JUz9ymryvH
「シュレディンガーの猫」は、けっして猫を困らせるための話ではありません。
それは、私たちが見ている“現実”そのものへの問いです。
この世界は、本当に私たちが思っている通りにできているのか?
100年経った今も、この問いに完全な答えは出ていません。
でも、その“曖昧さのなかにあるリアル”を考えることが、科学の面白さなのです。
人間の経験や意思は絶対なのか。現在、量子力学だけでなく、脳科学や哲学などでも興味深い研究がいくつもあります。
雑学として知っておいていただければ幸甚です。
「シュレディンガーの猫」。有名な話ですが、ご存知ですか?

シュレディンガーの猫の説明 - Alberto Carretero
この記事へのコメント
「絶対だと思っていた散歩道が、工事ひとつで変わってしまう」
この例は、まさに諸行無常そのものですね。
シュレディンガーの猫が示す“観測されるまで決まらない世界”は、仏教でいう「空」にも通じるように感じました。固定した実体があるようでいて、実は条件がそろって初めて姿をとる。そんな世界の成り立ちを、科学が別の角度から照らしてくれているようです。量子力学と仏教が、こんなところで響き合うとは面白いものです。
でも、絶対という事はないですよね。昔若い頃は絶対を信じていましたが、年と共にあり得ない偶然はあるんだという事がわかって来ました。
人間がわかってることなんて僅かですからね。
宇宙の外側がどうなってるかとかも謎だし。
見ていない間の事なんて、実際わかりませんよね。
結果が出ててわかる事であって、経過観察しないと…
nice!です。
なるほど見えていない間の現実か。見えてない見えない、それは結局「無い」のは確かだよね。俺的には現実ほど曖昧な物は無いと思うんだけどね。
図書館で、行くたびにこの題名のつく書籍を、題名だけ見ます。
我々も原子で出来てますから。現実の装置や我々の体の原子との
相互作用を正確に考慮し無いと、この議論、論理の真偽は判らない
という、啓蒙書も読んだ記憶が有ります。巨視と微視の間に、
中間的大きさの、考慮すべき領域があるらしいですね。
知らなかったです。
難しいです、コメントが難しいです 😂
確かに見るまで確定しないのでしょうけど、なんか微妙に思えますね。
ある事象の事実はあっても、真実は主観が入るといくらでも変わってしまいますね。
シュレディンガーの猫、よく目にしますが中身はよくわかっていなかったので興味深く拝読しました。
たしかに絶対はありえないです。
でも、故意で犯罪を行うことはありえません。でも過失でといわれると、あるかもしれませんね。老化で忘れることもありますし、でも、どちらも同じレベルで考えることではないのではないでしょうか。と私は思うのですが。難しいことを言われるとよくわかりません。
絶対はあり得ない、しかしその時は絶対と思って行動する。
考えると怖い事が多い気がしました。
ついて熱く議論しました。
いまは、もう、すっかり忘れてしまいましたが。