その「先祖論」、本当に一貫していますか?姓をめぐる違和感について
3日前、私が姓の「読み」を変えたという「改姓」の経験を書いたところ、こんなコメントをいただきました。「姓のお話。それは重いですね。ご先祖様にかかわりますから。」。今日はそのことについて、コメントのコメントになりますが、長くなるので記事としてまとめさせていただきました。
多摩川浅間神社(大田区田園調布)富士信仰と由緒ある杜に佇む都会の隠れ家 https://t.co/6DPBHmdUEl
— 無明子 (@shirimochigome) April 3, 2026
まず、私はブログで「改姓」と書きましたが、「読み」だけで字はそのままですから、「重い」だの「ご先祖様云々」だのというのは、さすがに大げさすぎると思います。
そもそも、日本では、人名の「読み方」に法的な拘束はありません。つまり、ありていにいえば「何と呼ぶことにしてもいい」のです。
#それはあまりにも青春
— サカタ・タナカ (@oddjobb_tohgoh) November 15, 2025
山本小鉄、星野勘太郎、上田馬之助、坂口征二、グレート小鹿、ミツ・ヒライ、吉村道明、アントニオ猪木、ジャイアント馬場、大木金太郎 pic.twitter.com/lZQHbSlR02
たとえば、現役最古参のプロレスラー・グレート小鹿(北海道出身)は、「こしか」と読むそうですが、東京に来てからは、公私とも「こじか」と呼ばれているそうです。
それに対して、「ご先祖様に関わる」などという話は、「こじか」さんご本人から未だかつて聞いたことありまっせん。
21世紀の東京でそんなこと言ってたら、「よほど高貴な家柄なんでしょうな」と皮肉られるのが関の山です。
ということで、本来はそれで終わってしまう程度の話なんですが、ただ、姓とはなんだろうということを考えるきっかけになるテーマだと思うので、今日は姓について考えてみたいと思います。
姓が「先祖の連なり」になったのは最近のこと
日本では昔から、
「姓=家の歴史」
「自分は先祖の連なり(=姓の連なり)の中にいる存在」
という刷り込みが、ごく自然に行われてきました。
だから、「姓を変えるのは軽いことではない」
と感じるのかもしれません。
しかし、江戸時代から家制度だった貴族や士族ならともかく、大多数の「農・工・商」の階層にとって、法律で姓をつけることが定められたのは、150年前、つまり、私たちのせいぜい祖父母か、曽祖父母世代になってからのことなのです。
それまでは通称として、農民は「家名(いえな)」、工・商は「屋号」を使っていました。
「源七家」「庄兵衛家」「大屋」「小屋」「近江屋」「伊勢屋」みたいな感じです。
そもそも、江戸時代以前は、「家族」という意識は薄く、絆はイエやムラ、親族などの共同体が提供するものだったといいます。
ですから、特定の「ご先祖」崇拝は、少なくとも家制度以降の発想ですから、そういう発想は江戸時代以前はなかったということです。
「ご先祖様」なんていう言い方自体が、最近のことだということです。「歴史」といえるほどのものかどうか……。
一方、家制度であった士族にしても、代々続いた姓を、婿養子に入ることで「終了」することはめずらしくありませんでした。
以前、写真でご紹介した私の曽祖父は、伊達藩(宮城県全域、岩手県一関周辺、福島県浜通り)の筆頭家臣傍系でしたが、家督相続者ではなかったため、福島の庄屋に婿養子に入りました。
高祖父もやはり伊達藩のおサムライさんでしたが、婿養子に入りました。
士族は今で言う公務員ですから、生産手段を持たない無産階級なので、分家されず家督を相続できなければ、資産家の婿養子になるしか生きる道はなかったのです。
では、「姓を捨てた」私の曽祖父や高祖父は、責められるべきなのでしょうか?
だいたい、そんな事を言ったら、現在の日本は、婚姻に伴う改姓の約97%が女性側だと言われています。
もし改姓がそれほど重大なものであるなら、既婚女性のほとんどは、「先祖に関わる」ことをやらかしたことになります。
かといって、自分の妻には夫婦別姓は認めたくないというわがまま(笑)
要するにそこには、論理や法律というよりも、「そうあるべきだ」という、無理屈の前提が潜んでいるように思えてなりません。
女は結婚して改姓しても仕方ない。男は万世一系の姓を守るべし、という合理性のない前提です。
「先祖に関わる」とはどういうことか
姓を変えたときに起きるのは、
・戸籍上の表記が変わる
・社会的な呼び名が変わる
という事実です。
一方で、姓を変えようが
・先祖との血縁が変わるわけではない
・先祖の存在が消えるわけでもない
という事実もあります。
むしろ、先祖との関係の実質的な価値は、後者にこそあるのではないでしょうか。
私の人生はむしろ、ひとさま以上に「先祖」を意識し続けてきたかもしれません。
私より年配のイトコたちが知らんぷりしていても、私は一面識もない父方祖父の年忌法要(23~50回忌まで)は、やはり一面識もないどころか血縁関係すらない私の母と2人きりで行ってきました。
取れる戸籍謄本はすべて取得し、家系図まで作って所持しているのは、やはり親族では私一人だけだと思います。
ですから、わたしは実践的に、先祖を受け止めて生きてきたという自負があります。
一方、先祖の姓を名乗っているイトコたちは、な~んにもしていません。自分の曽祖父の名前も知らないんじゃないかな。
姓さえ継げば先祖孝行である、ということに合理性などないことがわかるでしょう。
姓(名前)は誰のためのものなのか
そもそも、姓は、先祖のためのものでしょうか。
私は、姓は、自分の人生を前に進めるためのものだと考えています。
必要、そして可能なら、改姓して何が悪いのでしょうか。
ですから、夫婦別姓制度は、再三書いているように、ご先祖の姓を守るだのハチノアタマだのという非合理で封建的な理由なら反対、自分の人生のための姓は自由であるべきという理由なら賛成します。
昨年から、戸籍にも読み仮名が入るようになったため、私のように「読み」だけを「改姓」できるケースはもうないと思いますが、夫婦別姓など、姓についての議論は、これからも行われることでしょう。
みなさんも、ご自身のお考えを決めておられると、世の中の出来事や法制度についての理解がしやすくなるのではないかと思います。
姓を変えることはいかが思われますか?

お名前シリーズ 2 鈴木さんの本 あなたの歴史がここにある 姓氏研究会編 実業之日本社発行 昭和51年 検:祖先 系譜 家紋 姓名判断開運指針
この記事へのコメント
キラキラネーム制限で、「かな」が法制化された2025年こそが、今の姓制度の出発点だと思います。
わたしが生まれ育った田舎町では、子どもの頃、
名字ではなく、屋号で呼んでいました。
結婚前の姓は、父親の実家に行くと、回りは全て同じ姓の方ばかりでした。
また、夫婦別姓が「家族の一体感」を損なうとは思えません。
大賛成派です。アイドル歌手さんに「比企能員の因果で、体調
不良になり、鶴岡八幡宮の類の神社参りをしたら治った」と
宣伝されている方がおいでですが。結婚しても芸名位は残して
そんな宣伝したのは、日本史の啓蒙としても、良い行為だと私
は思います。
読み方でも変えても、重くないし、先祖に問題はないと思いますよ。
何も 考えず 昔に並んで・・・です
夫婦別姓は賛成派です。
NICEです
考えたこともなかったので、いいきっかけになりました。
ありがとうございます。
いつの間にか改名後の名字に違和感なく署名をしています。
自分で適当に名乗ったり、近所一帯、皆同じ姓だったり、
結構いい加減だったみたいですね。
姓に愛着を抱く人、こだわらぬ人、皆、それぞれ。
結婚して役所に結婚届を出しに行くときに、
妻の姓を名乗ろうと家を出ました。
役所の窓口で出した書類は自分の姓で出し、
いまだに「騙された」と妻から言われています。
結婚して姓を変えるか?変えないかは自由に選択できれば良いと思います。
「色んな人がいるんだ」その時はそう思った位で拘りないですね。
いつも有難うございます。
知りませんでした。
変えられるものなら変えたかったです。
3代以上前は分かりません、子供たちにもしばりつけしていません
ナイスですw