子ども2人座席で靴履いたまま席立ってる光景、どう見る?
電車内で、両親がいるのに、子供2人が靴を履いたまま席を立ってる盗撮写真がXにポストされました。止めない親を非難するコメントの一方、その背景にある親の日常的な躾努力や苦労を想像できない「想像力の貧困」を強く批判している筋肉弁護士のリプライが話題です。
エグいか、想像力の欠如か
問題のポストです。
この手の投稿を見るたびに思う。圧倒的に欠けているのは、想像力だ。… https://t.co/CaYEYgiImK
— 筋肉弁護士 (@kinnikuben) May 18, 2026
「えぐいってw
子ども2人靴履いたまま席立ってるし親なんも注意しないし笑」
というもと投稿の非難に対する、筋肉弁護士の反論リプライを引用します。
「この手の投稿を見るたびに思う。圧倒的に欠けているのは、想像力だ。
一枚の盗撮はほんの数秒の切り取りでしかない。その親が今日に至るまでどれだけ「靴を脱ぎなさい」「立っちゃダメ」と繰り返してきたか、何回叱って何回泣かれて、何度夫婦で「どう躾けるか」を話し合い、時にはそれが原因で喧嘩になり、母親が眠れなくなって精神安定剤を処方されているかもしれない――そういう想像が、一切できていない。
こどもというのは、そもそも親の言うことを聞かない生き物だ。全員元こども。
聞かせるために、親は毎日毎日、自分の人生と並行して、人ひとりを社会化するという気の遠くなる作業をやっている。
その途中経過の一場面だけを切り取って「親の資格がない」と断罪するのは、出産も育児も一度もしたことのない人間の、想像力の貧困以外の何物でもない。
しかも、こういう投稿に、「親になるべきでない奴ほど産む」などという言葉が乗せられてより一層拡散される国。
これはもう、日本人の深層心理が少子高齢化を歓迎しているとしか思えない。
自分が死んだ後のこの国がどうなろうと知ったことではない、という自己中心的な諦観。
こどもを社会全体で育てるどころか、子連れというだけで吊し上げの対象にする子連れ及びこどもに圧倒的に厳しい社会で、誰が三人目を産もうと思うのか。
小説を読め。一冊でいい。他人の人生を、他人の視点から追体験するということを覚えろ。
140字以内の世界における盗撮一枚で他人の家庭を裁ける気になっているお前たちは、大人ですらない。」
筋肉弁護士のポストは、「一瞬の切り取りで親を断罪する風潮」への批判として一理ありますが、肝心なことが抜け落ちています。
子どもたちの公共の場でのマナー違反(特に靴底で座席を汚す行為)は、実際に不快感や衛生的な問題を引き起こしているという現実です。
まさに「切り取り」の一葉なので、断言はできませんが、親が靴を脱がせてやればいいだけの話ではないでしょうか。
【子どもの電車のマナー】迷惑と感じる行為1位は座席の座り方。靴を履いたまま子どもを座席に立たせていませんか? https://t.co/0ADiiRkPhv
— 梅じゃ子 (@sorasodawahaha) May 18, 2026
一般社団法人日本民営鉄道協会の方が2022年10月1日から11月30日までの2か月間WEB上で「駅と電車内のマナーに関するアンケート」を実施し集計された結果では、次の迷惑行為がベスト3になっています。
1位 座席の座り方
2位 騒々しい会話・はしゃぎまわり
3位 乗降時のマナー
今回の「靴を履いたまま座席に膝を立てる」行為は、まさに「第1位」になっているわけです。
この現実に答えを出さないで、「切り取りだ」「親としての想像力がない」などと言われても、「そこまでいうんなら、対案出せよ」という話ですよね。
親・周囲・社会的対策はある!
今回は、XのAIであるGrokに、他の関連ポストなどを参照したうえで、見解を求めてみました。
「結局、「親の想像力不足」批判と「親の努力不足」批判は両方正しい部分がある二律背反です。子供は完璧にコントロールできない生き物ですが、公共の場では「他の利用者に最小限の迷惑をかける努力」を親がする義務があります。一方で、完璧を求めすぎる周囲の視線が子連れを疲弊させ、少子化を後押しする側面も否定できません。親御さんも「完璧じゃなくてもいいけど、最低限その場で靴は対応しよう」と心がけ、周囲も「一枚の写真で全部判断しない」バランスが理想ですね。あなたのように「現実の問題をどう解決するか」を考える視点が、感情的な叩き合いより productive だと思います。」
Grokは、わたしの意見を支持してくれました。光栄です。
桜井筋肉弁護士のポストは、これまでにもしばしばこのブログで引用しており、理解を助けていただいてますが、今回は是々非々で留保をつけました。
Grokは、筋肉弁護士に代わって解決案も出しています。
親として優先すべきこと(その場で)
言って聞かないなら、親が靴を脱がせて持つか、床に置く。抱っこして立たせない。
短時間・混雑時なら膝の上に座らせる、または立たせて手をつなぐ。
携帯用シートカバーやウェットティッシュを持ち歩く。子供に「座席はみんなのもの」と繰り返し教える(根気が必要)。
親がスマホばかり見ず、子供の行動を監視するのも基本。
周囲・目撃者として
盗撮・拡散より、直接(穏やかに)声をかけるか、駅員に伝える方が建設的。「すみません、座席が汚れるので靴を脱がせてもらえますか?」程度で。
ただし、親がすでに疲弊しているケースもあるので、攻撃的にならない配慮は大事。
社会・長期的な対策
教育・啓発:幼稚園や自治体で「電車マナー」指導を強化。
車両デザイン:一部の路線で子供向けスペースや、汚れにくい座席素材の検討。
清掃強化:JRや私鉄が頻繁に座席清掃しているが、利用者側の意識向上も必要。
ということです。
みなさんは、いかが思われますか。

電車で怒られた! 「社会の縮図」としての鉄道マナー史 (光文社新書 1315) - 田中 大介
この記事へのコメント
大切なのは、子ども・親・周囲の人・社会の四者が、それぞれの立場でできる「少しの思いやり」を積み重ねることだと感じました。
座席を汚さない工夫は、親がその場でできる“行い”。
疲れ切った親に、そっと声をかけるのは周囲の“慈悲”。
子育てしやすい環境を整えるのは社会の“智慧”。
どれか一つが欠けても、うまく回らない。
この記事が示しているように、「誰が悪いか」ではなく、「どうすれば皆が少し楽になるか」という視点こそ、今の社会に必要な呼吸だと感じました。
今のご時世だと駅員に説明するのが一番の解決策?
ただ、文句言ってる方々も電車が通ってる地域だと
幼少期同じ事してなのでは?とも思うけど
窓の外を見せていれば大人しく目的地まで乗っているので
ついこの画像のように靴を履いたまま立膝で座らせたことがあります。
そして言い訳させてもらうと、小さい子どもに靴をはかせるのは意外と面倒なんです。
なので、せっかく履いた靴を脱がせたくない、という気持ちもありました。
当時は心の中で「すぐ降ります。すみません」と思いながら小さくなって乗っていましたが、なんのことはない、靴にカバーをすればよかったのだと今になって気づきました。
私は窓側に向くなら靴を脱ぐようにって親から言われましたけどね。
それが普通と思っていました。
昔なら他人でも靴を脱ぎなさい、と言う人がいたでしょうが
いまそんなことを言ったら大変ですからね。
電車を乗る上での最低限のマナーは親が教えるべきことだと思います。
お子さんと出かけてるなら、もうちょっとお子さんの事にも気を配るべきではないかと…
確かに、言って聞かない子なら親が靴を脱がすべきだと思います。
自分ができるかどうかはわからないけど
X上で親を叩きまくるのも、想像力欠如と決めつけるのも、どちらも一方的で心に余裕がありませんね。
親御さんには公共の場でのマナーを子供にぜひ教えてほしいし、周囲はキツイ言葉を直接投げつけるのではなく、今のご時世なら駅員さんに声をかけてもらうのがいいのかもしれません。
周りよりも自身の子供を優先する度合いも大きくなっており注意をしない、対策(この場合靴を脱がす)をしないと言った部分が悪目立ちしているのやもしれませんね。
nice!です。
けど躾けられないなら公共施設使えないぞとも言いたいけどね。
投稿者はエビデンスとして採用されるような、撮影を繰り返す
「努力」をしたのではないかと、このケース、私には疑われます。
裁判のときにも参考になる、証拠の揃え方のコツの一例では?
家庭で教えてくれなくても 学校で道徳で 人の大切さを学んだと思います
先生 恩師 怖かったけど 怒られながら教えてもらったものでした
今は 誰が 怒ってくれるんでしょうね???
これはいけません🤣
親が靴を脱がさなくてはダメですよね。
昨日は久里浜花の国へ出かけてポピーを
撮ってきました。
暑さで帰宅したらダウンでした 😂
お子様の姿も少ないですので見ていません・・・が
普通に理解しました。窓から外を夢中に眺めるのはごく短い期間だったような気がします。
目の前にいる我が子のふるまいに無関心なのか、気が付かないのか、
疲弊しているからおぼつかない?言い訳は通らないでしょう。
公共の場では成人も子供も等しく責任を負うものとおぼえます。
ネットで他人を叩くのは、今や、当たり前のようになってしまいましたね。
他者の小さな悪や間違いに固執して、自らに心の病を抱えている場合や問題を抱えている方が多いと聞きます。
幼児期はまだまだエチケットなんて理解ない頃
親がサポートしないと、親の教育は? になる可能性大ですね。