「耳につけないイヤリング」、本当の話
難病を乗り越え、耳に穴を開けず痛みも伴わないアクセサリー「マイヤリング」を11歳で国内特許取得、16歳で起業した水野舞さんの軌跡を紹介した記事が話題です。講演や活動を通じて「他人とは違う道」を選ぶ大切さを次世代の子どもたちへ伝えています。
今回スポットを当てるのは、株式会社マイヤリングスの代表取締役社長、水野舞さん(16歳)の軌跡です。
彼女は8歳で「耳につけないイヤリング」の原型を発明。11歳(小学5年生)で国内特許を取得して、12歳(小学6年生)で起業しました。
「耳につけないイヤリング」とは、耳たぶを挟む金具を使わず、ヘアピンやバレッタなどで髪や帽子に留めて、耳元に飾る新しいタイプのアクセサリーです。
耳たぶを欠損している人や、小耳症、耳たぶの下部が頬の皮膚に直接くっついている付着耳など、耳たぶを挟む金具がつけられない、もしくはつけにくい人でも、イヤリングができる発明です。
圧倒的な「制約」が創造性の源泉になる
小学生で起業した16歳社長の水野舞さん。耳につけないイヤリングで特許を取得。「子どもたちに人と違う道でもいいと伝えたい」https://t.co/s8lJiEst3U
— 小学館HugKum(はぐくむ) (@hugkumweb) May 23, 2026
先天性胆道閉鎖症という難病を抱えて生まれた水野舞さんは、4歳のとき、母親をドナーとする生体肝移植手術を受けています。
幼少期の記憶の大半を占めるのは、発熱のたびに繰り返される入院と、水さえ飲めない絶食の苦しみでした。
「病院の中で楽しいことを見つけるのはすごく大変……やはり治療が最優先ですので、楽しいことよりも、苦しいことやつらいことの方が多いんです。そんな入院中に唯一できた楽しいことが、ものを作ること。」
選択肢が極端に制限された病室という空間で、唯一手にした自由が「もの作り」でした。
制限があるからこそ工夫が生まれ、何もないところから喜びを生成する。
この「制約から価値を生む」経験が、後に「耳に穴を空けずに揺れるピアスを楽しみたい」という発明の種となったのです。
「子どもの工作」を「発明」と定義する、専門家の眼差し
そこで、8歳の舞さんが作ったのは、ストローと毛糸を使った「耳の後ろの髪に留めるアクセサリー」。
大抵の大人が、「子どもの工作」として見過ごすであろうその造形を、脳の発達研究を行う専門家である父親の敬さんは、直感的に「これは発明だ」と見抜きました。
そして、敬さんは、あえて申請が比較的容易な「実用新案」ではなく、権利の実効性が極めて強い「特許」の取得を舞さんに提案しました。
これは、知的財産のプロとしての戦略的な判断です。
取得にかかる数十万円の費用を父が立て替え、舞さんには「稼いで返しなさい」と突き放しました。
水野家で「命がけの金融教育」と呼ばれるこのプロセスには、二つの重要な教育的意図があります。
専門性の壁の突破
留学のような言語の壁(特許用語)や膨大な書類に、子ども自身が主体として向き合うこと。
ビジネスの当事者意識
「お小遣い」の枠を越えた多額の負債を背負うことで、自分のアイディアを「商品」として成立させる責任を負わせること。
単なる「体験」ではなく、本物のビジネスのルールに放り込むことで、彼女のプロ意識は一気に加速しました。
12歳での起業後、舞さんは「子ども社長」という肩書きに甘えることを良しとしませんでした。
請求書作成から検品、そしてプレゼン資料のカスタマイズまで、全ての工程を自らの手で実行しています。
「病院でもおしゃれをしたい」という、かつての自分の願いを、自ら立ち上げたビジネスで叶えたのです。
私たちは次なる「水野舞」になれるか
いくらこういう話があっても、大半の人は、「うちは、小さい子供も孫もいないから」とか、「それは、お父さんも娘さん本人も頭が良かったからでしょう」などといって、彼女の自己実現を、「自分とは関係ない話」として片付けてしまうのではないでしょうか。
しかし、この話の本質はそんなことではありません。
老若男女を問わず、誰の「生き方」にも響かないはずがないエッセンスが含まれています。
彼女は講演で、こう言っているそうです。
「『私も自分の好きなことをやってみようかな』とか、『人と違う道を歩んでも大丈夫なんだな』というふうに思ってもらえたらうれしい」
彼女を動かしているのは、自分という「例外」を示すことで、同じように「普通」の枠外にいる誰かをエンパワーメントしたいという、強固な使命感です。
小さいときに大病をしても、若くして起業できる。
病院にいても、ケガや病気や障害があってもおしゃれができる。
つまり、メインストリームから外れていても、別の道はつくれるということを自らの生き様で示しているわけです。
このブログでは先日も、95歳のフィットネスインストラクター瀧島未香(タキミカ)さんをご紹介しましたが、
95歳日本最高齢インストラクターから学ぶ、本当の話 https://t.co/qCVs1vUakk
— 無明子 (@shirimochigome) May 10, 2026
この方も、もともとは一介の主婦で、60代半ばからダイエットで始めたら、10年後にはインストラクターになっていたという「変わり種」です。しかも高齢の。
年齢や立場は関係ありません。
こうした話は、他人事だと背を向けずに、私は自分もあやかりたいと前向きに受け止めています。
現在取り組んでいるライフワークとか、温めているアイデアなどはありませんか。もしかしたら、大化けするかもしれませんよ。

現役教師✖️僧侶社長が教える 子供が幸せになる教育法 (夢叶舎) - リリー由梨, 慈友
この記事へのコメント
どっちにしても、耳に穴を開けなくてもできるのがいいですね。
ラッピングのタトゥーとか、整形よりも化粧で変わるとか、これからは体を傷つけないのが流行していくような気がします。
体を傷つけるのなんて、今どきダサいよみたいな。
五体満足順風満帆に生きてきた自分には到底考え付かない事かも
病室という“制約の極地”で、ただ一つ許された自由が「ものづくり」。
その小さな灯火を、家族の眼差しと本人の意思が大切に育て、ついには他者を照らす光にまで育っていく。
これはまさに「縁起」の働きそのものですね。どれか一つ欠けても、今の彼女は存在しない。
私たちはつい「普通」という幻にしがみつき、自分を小さく閉じ込めてしまいがちです。
けれど、仏教では“人はそれぞれ違う因縁を生きている”と説きます。
だからこそ、他人と違う道を歩むことは、むしろ自然なこと。
舞さんはその真理を、16歳にして軽やかに示してくれています。
タキミカさんの例もそうですが、年齢も境遇も関係なく、
「今の自分から、もう一歩だけ前へ」
その積み重ねが、思いもよらない景色へ連れていってくれるのだと思います。
これを8歳で原型を発明なんてすごいですね。
瀧島未香さんにしても、ダイエットで始めたフィットネスのインストラクターになってしまうのも。
何がきっかけになるかわからないなって思います。
nice!です。
血管が詰まって使えなくなった時、新しい道が出来て命が繋がって行く。
まったく違う事のようだけど、考え方を変える事で、新しい事や物が生まれて来るのです。親御さんは小さい子供でも、一人の大人と同じ人間として接している所が素晴らしいと思いました。
この年でも、年だからでなく、やる気と発想で道は変わるんだなぁ~って、勇気を貰えた記事でした。有難うございます。
すごい発想力ですね (;゚Д゚)
弁理士に手数料、たいへんだったですね。発明者起業家がまだ若い、
たった32歳のときに、権利が満了してしまいますが。。
⇒50代、60代には耳の痛い一方で、希望となるキーワードですね。
些細なことでも”チャレンジする”ことで、何か見えてくるものを見つけたいです。
難病を乗り越え 発想転換 心折れず頑張りですね
その中で自分の好きな事、信じる道を突き進むのは並大抵の努力ではなかったと思います。素晴らしいですね。
簡単な事ではないですね。
読んでいてお父様が先ず娘の作ったものを
評価して後押ししたことも大きいですね。
こういう力を誰もが持っているとは思えないけど
ちょっとしたアイディアがもしかしたら・・・
ただただ素晴らしいと思います。