「外国人犯罪は日本人より処分が甘い」は本当か?無罪判決が伝える法的な当たり前
ネットでまた、「外国人犯罪は日本人より処分が甘い」という話題が燃えています。発端は、パキスタン人男性に対する一審の懲役23年求刑が、差し戻し審で無罪になった裁判です。
「やっぱり外国人は甘く扱われる」
そう騒ぐ人たちがいます。
しかし、その結論は本当に正しいのでしょうか。
どんな事件だったのか
2020年、宮城県柴田町で建設会社の社長が首を絞められて殺害され、現金やバッグが奪われる強盗殺人事件が起きました。
当時、その会社に勤めていたパキスタン国籍の男性(43歳)が、強盗致死罪などで起訴されました。
一審では懲役23年が求刑されましたが、仙台地裁の差し戻し審(2024年6月25日)で、榊原敬裁判長は無罪を言い渡しました。
宮城の外国人強盗致死、無罪判決 - パキスタン人、差し戻し審https://t.co/dpz05njIBk
— 共同通信公式 (@kyodo_official) June 25, 2026
理由は「共謀の存在を認めるには合理的な疑いが残る」というものでした。
なぜ無罪になったのか――「外国人優遇」ではない
ここではっきりさせておきたいのは、無罪の理由が「法的な立証の問題」だったという点です。
具体的には、捜査段階でのパンジャブ語通訳が「意訳の限度を超えていた」とされ、被告人の供述の信用性が大きく損なわれたのです。
日本の刑事裁判には、「疑わしきは被告人の利益に」という原則があります。
これは、検察が有罪を証明しきれなければ、被告人を無罪にするという、法治国家の基本ルールです。
つまり、今回の無罪は――
・外国人だから「かわいそう」と判断されたわけではない
・証拠として使える供述が「信用できない」とされたから
・ごく普通の、手続き上のリーガルマインドに従った結果
にすぎません。教科書に出てくるような単純な話です。
「日本語で供述させるべき」という意見は正しいか
ふざけんな!
— ??????爆裂大和魂?????? (@tanakaseiji15) July 20, 2026
コイツは!
日本????人か!
【日本人差別】榊原敬裁判長「パキスタン人は強盗致死でも無罪」 pic.twitter.com/KF1udjWP47
ところが、この判決に対し、ネットではこんな反論もありました。
「それは逆だ。まず日本語で供述させるべきだ。ここは日本だ。」
日本では日本語で供述させろ。できなければ疑いが晴れなくても仕方ない、というのです。
しかし、この考え方は、日本の憲法や刑事訴訟法が保障する適正手続きの観点からは大きな問題を含みます。
法治国家では、言語の壁があるからこそ、正確な通訳を確保することが冤罪を防ぐ最大の手段とされています。
刑事裁判は「日本語能力試験」ではなく、「真実を明らかにする制度」です。
もし日本語が不十分なまま供述を強要すれば、その供述は当然信用できず、有罪か冤罪かすら判断できなくなってしまいます。
もし海外で日本人が同じ立場だったら?
もし、旅行先の外国で事件に巻き込まれ、現地語がわからないまま取り調べを受け、「ここは我が国だ。通訳は不要」と言われたら、あなたはどう感じますか?
多くの日本人が「それは不当だ」と感じるはずです。
それと同じことが、日本にいる外国人に対しても求められているのです。
通訳は「外国人のため」ではなく「裁判のため」
よく誤解されますが、通訳を付けることは、外国人への特別サービスではありません。
正確には、裁判所・警察・検察が真実を知るための制度です。
間違った通訳があれば、誰も正しい事実にたどり着けません。
だからこそ、通訳は外国人を守るためではなく、裁判そのものを守るためにあるのです。
実際、日本人に対しても、以下のようなケースでは通訳や意思疎通支援が行われます。
・聴覚障害者
・帰国子女など日本語が十分でない人
・重度の知的障害者
つまり、国籍を問わず、誰であっても正確に意思疎通できることが、適正な裁判の大前提なのです。
「不起訴」が不透明に見えるのはなぜか
外国人犯罪が不起訴になったとき、「理由が示されないから怪しい」という声もあります。
しかし、不起訴の理由が詳細に公表されないのは、日本人の事件でも同じです。
また、外国人には「前科」がつかなくても「前歴」が記録され、さらに退去強制(いわゆる強制送還)という別のペナルティが課されるケースが多いのも見落とされがちです。
加えて、メディアが外国人犯罪を特に取り上げる傾向があるため、「外国人が多く犯罪をし、しかも軽い処分で済んでいる」という錯覚が生まれやすくなっています。
「よそ者が悪いことをしたら、日本人以上に罰すべき」なのか
この問題の根底には、「よそ者(外国人)が日本で悪事を働いたら、より厳しく罰するのが当然」という、日本人の島国根性的な感情があるように思います。
その感情の是非は、その人の価値観の問題なので、ここでは問いません。
ただ、少なくとも法治国家においては、罰の重さは国籍ではなく、行為と証拠によって決まるべきだと思います。
……と、エラソーに書いている私だって、別に法曹など法律の専門家ではありません。
ただ、ネットの感情的な書き込みをそのまま信じ、根拠も確かめずに拡散することが、どれだけ危険かは痛感しています。
そうした「思い込みのエコチェンバー」が、自称保守の政治家や政党を後押しし、日本の議論を歪めてきたのは、ここ数年で明らかでしょう。
知ることを諦めないでほしい
今回のパキスタン人男性の無罪判決も、
「パキスタン人が無罪=外国人に甘い」
ではなく
「なぜ無罪になったのか」と立ち止まり、理由を確かめる
その姿勢こそが、私たちに求められているのだと思います。
それをせずに「わかったつもり」で発信しても、誰のためにもならず、むしろ社会の分断を深めるだけです。
みなさんは、外国人が日本で罪を犯したら、日本人より重く罰すべきと思われますか。
それとも、国籍に関係なく、同じルールのもとで判断されるべきでしょうか。
いずれにしても、ネットのショート動画なんか真に受けないで、まずは自分で「事実」と「法の論理」を確かめ、自分の頭で考えること。
それが、成熟した社会の第一歩だと思います。

外国人犯罪 - 瀬戸 弘幸
この記事へのコメント
それが事実なのかどうか立ち止まって考える余裕すらあたえずに、制作者の思惑通りの結論に強引につなげていきます。
それだけを見て知ったつもりになるのが一番怖いことだと思います。
ただし仏教者は、批判よりも「理解と対話」を重んじます。差別的な発言をした人もまた、無明に覆われた一人の人間です。その人を責めるよりも、「なぜそのような恐れを抱いたのか」を見つめ、社会全体が安心して共に生きられる道を探ることが大切です。慈悲とは、相手を許すことではなく、相手の苦しみを見抜く智慧です。
沖縄の軍人の犯罪報道があっても、ネトウヨが問題にしているのを見たことも聞いたこともない。
パキスタンだからバカにしているんじゃないですか。
本当に無罪なのかは疑問が残るケースも多いですが、冤罪よりはいいのかな?
メディアは、偏った情報を表に出すことで外国人の犯罪が増えていると思わせてるのかもしれないですね。
彼らをジャッジする第三者機関を設けなきゃ。
いっぷくさんと同じで、もし自分が外国に行っての扱われ方を想定して考えてみるべきです。特にこういう法では、色眼鏡で見る事は禁物だと思う。
中学時代にイタリア人の宣教師に
「イタリアでは電車やバスは走っているの」
「電気は?自動車は?」などなど。
「全部あるよ。日本と同じだよ」と
ニコニコしながら宣教師は応えてくれたことを思い出しました。
今思えば思い込みと偏見で質問していたことが恥ずかしいです。
nice!です☆
比較的軽い、ケースの多いとみられる、金銭が動いたないし、
罰金で解決する程度の犯罪の裁判では。外国人の弁償金にも
消費税を上乗せして、国内の日本国籍取得者の現行持つ、
不公平感は除いた方が良いと、私は思う。税の払う義務無い
≪ぼろもうけ外国人≫は、重税にあえぐ者から見て羨ましい。
外国人だから全部悪いというのはおかしいと思います。
真面目に生活して働いてる外国人からしたら、やるせないですね。
国籍で差別はないと信じたいが、不正輸出の疑いをかけられた大河原社の問題には憤りをおぼえます。
平等かと思ってました。