障害者は、大衆が感動したいときだけ利用される存在なのか?
「24時間テレビ」への批判が毎年大きくなっています。SNSでも、批判のポストが増える一方、賛成のポストは組織的に行われている疑いもあります。それでも、テレビを信じやすい方は、まだ感動されているかもしれません。ただ、障害者をコンテンツとして消費することについて、もうそろそろ立ち止まって考えないと、SDGsなんてブラックジョークになってしまいますよ。
もうこれは、このブログで5~6回書いていることなんですが、「24時間テレビ」で障害者を出演させ感動させることを喜んでいる障害者は、例外といっていいほどわずかです。
24時間テレビものすごく嫌いな番組の1つなんだよなぁ。
— やっぱEDMかなーwwwww (@14euY) August 25, 2018
まず海外のチャリティー番組はノーギャラだし、しかも健常者が普通にできることを障害者にやらせて感動すると思ってやがる。しかも障害を持った人の9割が番組のことを良く思っていないんだよなぁ。#24時間テレビ41 pic.twitter.com/mzcla5srMK
星野真里さん叩かれてるんやね
— かにぱん (@d6u6b1) August 29, 2026
あさイチで障害テーマの時に出演されてた時も障害のフォローは周りにしてほしいけど、うちの子は知的ないし?大学まで考えてるから他の障害児とは一緒にされたくないみたいなこと言ってたから
(他の障害児親も複数人横にいたのに
公には話さない方が良いタイプやろね
なぜいけないのかが、いまだにわからない視聴者もおられるようなので、これも5~6回目になりますが、書きます。
「障がい者は天使」と綺麗事を本気で信じてる人は、精神・発達障碍者と関わった経験が少ないんだと思う。
— ひろゆき (@hirox246) August 30, 2026
障碍者には、天使もいれば、悪魔も居るし、一本大満足も居る。 https://t.co/XYAkCTsdWR
まず、障害者を感動コンテンツで消費しているというのが、障害者を見下している証拠です。
ダウン症を「天使」と言って持ち上げ、でも本心は「ダウン症なんかを天使と言える私って素敵」という本音があるのではないでしょうか。
ダウン症だろうが、〇〇障害だろうが、みんな同じ人間です。
いい人もいれば悪い人もいる。優しい人も意地悪な人もいます。
それ以上でもそれ以下でもありません。当たり前の話です。みんな良くも悪くも優劣なしに人格を持っているのです。
なのに、どうして人が人に感動できるのでしょう。
もし、健常者が頑張って自己実現しても、なんだかんだと嫉妬の陰口で、心をざわつかせて足を引っ張るくせにさ。
要するに「五体満足じゃないくせに頑張っているじやないか」という見下した視線があるからではないでしょうか。つまり、自分の立ち位置は「上」にあって、「下」からの頑張りを余裕をもって見守っていると……。
不自由のある人が頑張っているのは、大衆に感動してもらうためではなく、自分が生きるためです。
見世物じゃないんです。
大衆は、社会的に求められる理解と支援だけしていればいいのであり、「障害者が生活している」というだけで感動する必要はあるのでしょうか。
普段は世の中の邪魔者扱いのくせに、「24時間テレビ」のときだけ出演させる。自分たちが感動したい道具として引っ張り出すというのは、あまりにも身勝手ではないでしょうか。
「24時間テレビ」には呼ばれない障害者がいる
24時間テレビに精神・発達障害者が出てこないのは「かわいそうではない」「美談にできない」「嫌い」だからです。
— いまだ だいすけ (@QSeSlEN6j1YAKO) August 29, 2026
24時間テレビに精神障害者と発達障害者がほとんど出てこないのは、偶然ではありません。
— ヒョーガ/就職氷河期ボロボロ人生50代 (@hyougakizetubou) August 29, 2026
番組が求めているのは「見える困難」と「わかりやすい涙」だからです。
車いすで山に登る。足が不自由な人が必死に歩く。
知的障害のある子どもたちが歌を披露する。… https://t.co/JwYcQV75eR
「24時間テレビ」に出てくる障害者は、おおむね重度ではない身体障害者か、他害(他者に暴力を振るう)をしないダウン症だけです。
要するに、「見てわかる」「扱いやすい」ほんの一部分の人だけ。
障害者手帳は、身体、精神、療育と3册あります。
そして、「精神」の中には、ダウン症や高次脳機能障害、発達障害などが、「療育」には知的障害が含まれます。
すぐに怒り出すことがある高次脳機能障害や、「不規則」な言動をする発達障害、複数の手帳を持った寝たきりの重度障害などは絶対に出てきません。
24時間テレビを観ている皆さまへ。
— ミル?? (@depression1203) August 30, 2026
障害者の中には「テレビに映せる人」と、
「テレビにはとても映せない人」がいます。
あなたが観ている障害者は、前者だけです。
おそらくは、「精神」の手帳持ちが最も敬遠されます。
ちなみに、私の長男は火災で脳死手前のJCS300になり、0歳児の知能に転落。おまけに全く動けない遷延性意識障害(植物人間)からリハビリを行い、高校を出るところまで回復した「24時間テレビ」好みのプロフィールですが、「精神(高次脳機能障害)」の手帳を持っているので、間違っても出演交渉が来ることはないでしょう。ま、出すつもりもないし。
感動したかったらともに生活するといいですよ
24時間テレビはなぜこういう重度障害者を絶対出さないの? 才能溢れる発達障害とかパーフェクトヒューマン踊れるダウン症の子どもとかはバンバン出すのに… テレビに出して少しでも認知を広めて世間の理解なり支援を得た方がよっぽど有意義だと思うのだけど…pic.twitter.com/AjnZtuTVja
— Wild Rose (@PangestuYudhi) August 31, 2026
過去の同様の記事に対しては、「私は障害者を知りたいだけなのだ」「自分が感動したのは純粋な気持ちであり、決して見下したわけではない」というコメントがだいぶありました。
もとより、その人の内心はその人の自由であり、何に感動しようが、障害者をどう思おうが自由です。それを啓蒙しようとは思っていません。
ただ、TVショーで真実を知ろうなんてのは、添加物まみれの偽食品で健康になったつもりのようなものだと思います。
そんなに「感動」が大事なら、障害児を養子にとったり、里親になったりしてあげたらいいと思います。
毎日、その「感動」を体験できます。
支援学校の保護者の離婚率は、私から見ても普通学校より高めのように思います。
子の療育を巡って信頼関係が壊れたのか、親がそもそも発達障害で、それ以前からいろいろな齟齬が積み重なっていたのかはわかりません。
ただ、離婚したお母さんは働かなければならなくて、実家の年老いた親に子の面倒を見てもらっているケースも少なくありません。
そういう人たちを助けてあげたらいいのではないでしょうか。
週に1~2日とか、一定時間でもいいから。
いや、冗談ではなく、一緒に暮らして身近で見れば、「天使」ではなく「普通の子」であり、でもその生身の人間の成長のリアリティは、健常(定型)だろうがそうでなかろうが変わることはなく、お金では換えない生きがいになることがわかると思います。
それができないなら、せめて支援学校を登下校する生徒を、遠くからこっそり見て、TVショーを通してではなく、リアルな障害者を確認したらいいと思います。
思春期ですからカップルもいます。私は男子校でモテ期もなかったから、羨ましいと思っていつも見ています。
一方、サポートの人を伴わないと歩行も難しい人もいます。でも健常者だって、卒中になればそうなるんですよ。
結論としては、この番組ほど「メディアリテラシー」を考えさせるものはないと思いました。
そして個人的には、障害者に対する見方や評価で、その人の人格の一端がわかる、というのが、子どもの中途障害を経験して知ったことです。
「24時間テレビ」は必要でしょうか。

植物人間が歩いた!話した!ごはんも食べた!遷延性意識障害からの生還-リハビリと学習の記録1: ~遷延性意識障害から転学まで~ (市井のeブックレット) - みお なおみ
この記事へのコメント
最近だと『並行と垂直』とか。最後に感動が用意されているのが透けて見える感じ。
まあ観ないであれこれ言うのはルール違反なんですが、お金払ってまで観る気がしません。
母も生まれた時から耳が聞こえず、母を生んですぐ死んでしまったのもあり、きちんとした教育がなされなかった事もあり、私達姉妹は父が代わって教育やしつけをやってました。
母は心はあるのだけど愛し方、可愛いがり方がわからないし、子供の頃耳を聞こえない事でいじめを受けたり、学校で勉強する事が出来ないまま大人になったので、いじけた心をずっと持ち続けていた気がします。親にきちんと育てられない事も一つの障害だと思っています。
耳が聞こえない障害だけでも大変だと思うのに身体、心の障害を持っている家族は大変だと察します。私の周りに2人の障害者を抱え、明るくその生活ぶりを話してくれるのを見て、偉いなぁ~といつも感心しています。
テレビとはそういうやらせが多い!と自分も出る事が何度かあったので、わかりますね。テレビを作る側の問題だと思って、半分本気にしないで見ています。
そうなんだ〜とか、横領もあり、寄付金の行方は、実際わからない、が、正直な所ですが、
健常者は、押し潰れそうになった時、テレビで、奮い立たされた事はまちがいない!
どうしても茶番にみえてしまい心から感動できない自分がいます。
募金の横領があったりしたのに未だに続いているし、マラソンを走る人や出演者への高額なギャラなど、チャリティー番組とは思えなくて…
マラソンも、毎回ああも時間ぴったりに会場に辿り着くのも疑問です。
出演される方もビートたけし氏が仰るとおりチャリティーならノーギャラで出演すべきと考えますし、近年では集めたおカネを横領したりと使途不明になっているケースも見受けられるので番組に否定的な意見を持たれるのも頷けます。
手助けするのは障碍者だからではなく、困っているからと言う根本を履き違えないようにと考えます。
所詮は視聴率。
nice!です☆
優しい自分、そして自分はあっち側じゃない優越感、ああ良かった良かったって番組な気がしてる。
感じていらっしゃるか・・・
普通の生活の中でもっと自然に受け入れられて
手助けできる社会がいいかな!!
決してきれいごとではないですよね。
スーパーでは。場内放送で、今年は番組の宣伝をしていたかもしれない。
それ以来ずっと見ていません。
嫌なら無理して見なければいいだけです。
視聴率が下がれば、なくなるでしょう。
こんな人もいるのだと言うことを知ってもらうだけでいいと思います。感動したくなければしなくても。
書き漏らしましたが、長年慣れ親しんだコンテンツや価値観に対しては、「これまで善意で見てきた自分」を守る心理(認知的不協和の解消やサンクコスト効果)が働きやすく、批判を素直に受け入れにくい側面は確かにあります。つまり、「24時間テレビ」を見続けてきた自分を否定したくないという心理です。
ただ、「知るきっかけになる」「悪意や利用する意図はない」という善意からの主張であっても、結果としてメディア側が都合よく切り取った特定の障害像だけが消費され、構造的な問題が見えにくくなるという現実との間には大きなギャップが生じがちです。
作られた物語を通して「感動する側/される側」の非対称な関係に留まるのか、それとも現実の生活や多様な障害の実態に目を向けるのかという点において、視聴者側の受け止め方やリテラシーが常に問われていると言えます。
テレビ番組はどこまでいってもエンタメ、わかりやすいエピソードを感動的に見せて支持を得ようとしますね。
障がいのある子どもさんのいる同級生がいますが、日々の生活を必死でこなしている中で、小さな喜びを見出すことはあっても、大感動の物語なんてそうそう起こるものではありません。現実は厳しいです。
本当に協力するなら出演者*ノーギャラが望ましいですね。
うちは、24時間TVとNHKの紅白は、昔から見てます。
今回ので言えば、マラソンランナーの方 何故選んだのかな? と疑問に思いました
お子様には少なくとも手がかかり、寝る時間も自由時間も普通の方より
少ない筈なのに、練習時間は相当だったと思うと酷に思いました。
番組は断片的に見てるので、深く考えず見てます。最後は見れなかったけど....
そんなに障害者が知りたかったら、ドキュメント寄りの「ハートネットTV」(NHK)とか見ればいいのに、なぜ「24時間テレビ」なの?と思います。
見世物じゃないと思ってしまい、感動もしません。
ただ、こういう人もいるんだ!とは思います。
どうせやるならドキュメントで伝えた方が確かだと思います。
我々が違いとして持ち合ってる障がいにどんなモノが在るか?
飾り抜きでMCも無しでどんな障害が在るか知る事が大事だと思います。