鈴ヶ森刑場跡(品川区)、大経寺境内にある東京都指定文化財

鈴ヶ森刑場跡(品川区南大井)です。立秋を過ぎてしまいましたが、ネットでは都内でも随一の心霊スポットとしておなじみです。別名「お仕置場」というそうです。ドラマのタイトルには使われていましたが、「処刑」を「お仕置」というのだと初めて知りました。
最寄りの駅は、京急線大森海岸駅。

大森(大田区)を名乗りながら、品川区にある駅です。
ちなみに、京急やJRのある品川駅も、品川区ではなく港区にありますね。
駅前の通りには、京急開業時の始発であった旧大森操車場駅の記念パネルがはめ込まれており、駅前には、タイトル・作者名不詳の女の子像があります。

ちょっとさびしそうですよね。
そうなんです。
この町は正直、寂しい過去があります。
旧盆は過ぎましたが、都内随一の心霊スポットなんです。
ここは、東京都品川区と大田区の東側の区境ですが、今回訪れた鈴ヶ森刑場跡(品川区南大井)と、戦争中の捕虜収容や、終戦後の戦犯収容などを行った平和島(大田区)は、隣り合った町なのです。
といっても、鈴ヶ森刑場が使われたのは江戸時代なので、時代は少しずれるんですけどね。
ここが、大経寺(日蓮宗)境内にある、鈴ヶ森刑場跡(東京都指定文化財)です。

火炙台

八百屋お七を始め、足下に薪を積んで生きたまま焼き殺したそうです。
磔(はりつけ)台

丸橋忠弥を始めとして、真ん中の穴に柱が建てられ、そこにくくりつけられて刺殺されたそうです。
首洗の井戸

首洗ということは、打ち首ということでしょうね。
こうした現場を見ると、緊張します。
東京都指定文化財なので一般に開放されていますが、大経寺の住職は、物見遊山では来るなと釘を刺しています。

今日の命に、明日の保証は誰にもない。
亡くなった人の冥福を祈って、今日をせいいっぱい生きよ、というような内容でしょうか。
冤罪だったり、時代的な価値観による「罪」だったりしたら、それは「不運」ですが、現代でも誰がいつそうなるかわからない。
もとより、人間というのは間違いうる存在であることをキモに命ぜよ、ということかもしれませんね。
泪橋(涙橋)

旧東海道の、立会川にかかる橋です。
鈴ヶ森刑場への護送は、旧東海道を通りました。
そのとき、この泪橋まで親族が涙を流しながら見送りに来た、といわれています。
鈴ヶ森刑場の場所は、国道15号線沿いにあります。
お隣の平和島もご紹介します。
東京の南端・大田区は、大森と蒲田の2つの区が合併してできた区です。
そのうち、旧の大森区の西側は、馬込、山王といった、田園調布に次ぐ国内でも有数の高級住宅地があり、片や東側は、戦争の捕虜収容や、罪人の処刑などを行ったいわゆる平和島地区があります。
赤く囲んだところが平和島
平和島は、戦時中、アメリカ合衆国など連合国側の捕虜を収容する場所(東京捕虜収容所)であり、戦後は連合国が、戦犯の一時収容所に使っていました。
そこで、戦後は、平和を願う意味から、その地域が平和島と名付けられたのです。
平和島には、大田区最大(約9万9000平方メートル)の公園である平和の森公園や、

昔、海苔をとっていた海は、「大森ふるさとの浜辺公園」と名付けられ、

旧東海道の一部は、海苔問屋などを中心とした「美原通り」として、地元の社会科見学のコースになっています。
鈴ヶ森刑場から平和島は、もう少し涼しくなったら、一気に歩ける散策コースになると思います。
お近くに来られた際は、いかがでしょうか。

この記事へのコメント
鈴ヶ森付近には恐いお話がたくさん伝わって
いますね。
歩いているだけで怖さを感じます。
名古屋の刑務所、昭和30年代で名古屋市の郊外へ移転してしまって、ほぼあとかたがないです。その場所はいま、公園と吹上ホールという展示会場になってます。
「教育現場」に関するお話(笑)、実に興味深く拝読させていただきました。エロティシズム論とは必ず下世話からスタートするもので、「そもそも下世話なものを高尚風に書こうとする努力」がエロティシズム論とも言えるわけで、実はわたしも下世話なお話大好きでございます(笑)。もちろん実生活においては女性の方々の顰蹙を買うような話し方や兵衛厳は一切致しません。ただ、男性が女性に対して性的好奇心を持って見るのは人間として当然のことで、それが「ある線」を越えたら犯罪的、あるいは犯罪になるのであって、「ある線」を絶対越えないというのが重要なのだと思います。
そもそも女性のほとんども男性に対して性的好奇心を持って見ているはずで、現在のプ女子であるとかは試合そのものよりもまずその肉体美に惹かれている方が多いのは間違いないところだと思いますし、男性の体形や服装がいかに女性のエロティシズムを喚起しているかは言うまでもないところだと思います。
このような前提において(笑)、個人的には「エステティシャン」などよりも、やや堅めの職業の女性に惹かれる傾向がわたしにはあります。やはり世間的に「堅い」とされている方が「柔らかくならざるを得ない」というシチュエーションは非常にエロティックです。その流れで「先生もの」の読み物・見ものを好んでいた時期もあったのですが、ある時ふと、(こんな先生、いるわけない)と気づき(笑)、まさしく「先生もの」とは男性の妄想の世界だと感得した次第です。ただ、女性の先生が特定の男子生徒に明確な関心を持つのは何度か見てきました。
「年賀状」の件も、ロマンティックな小説になりそうなお話ですね。わたしの場合、10代、20代の時期は、かなり好意を寄せている相手でも、目の前にいなくなって1か月くらい経つと、(まあ、いいか)になってしまう淡白なパターンがあり、(これではいかん)と、いまだ精進を試み続けている次第です(←かなり意味不明になっていますが 笑)。
先生に限らず、これはもう昔から「恋の真実」として語られていることですが、本来なら欠点になりそうな要素がたまらなく愛おしく、そこにエロスを感じてしまうものですよね。例えば普通なら、(ちょっと脚が短過ぎるなあ)と感じるような体形でも、その「脚の短さ」がもう好きで好きでたまらなくなるものですよね。ちなみにわたしも授業は常に上の空の妄想の世界でした。エロス的妄想だけでなく、自分がプロレスラーや東京ボンバーズで活躍する妄想とか、何かよく分からないけど、西部劇のアウトロー(笑)になって、虐げられた人たちのために命懸けで戦っているとか。東京ボンバーズの場合は、ただ試合で活躍するだけでなく、ケイコ(←ヨーコでないところがポイント 笑)とロマンティックな時を過ごす妄想がメインでした。しかし子どもだったわたしとケイコが「ロマンティックな時間」って、今考えたらおもしろ過ぎる映像ですよね(笑)。 RUKO
露天のようですが、屋根をつけたほうが保存状態が良くなるのでは?
実際に使われたと思うと、怖くなってきます…
心霊スポットになるのも分かるような気がします。
昔は日本でも残酷なコトが行われていた証ですね。
女の子の像が悲しく見えました。
「巨人の星」でもチラッと出てきたように記憶しています。
平和島にはそんな名前の由来があったんですねー。
ガイドさんから、泪橋の由来の説明を聞いて、ちょっと悲しくなったのを憶えています。。。
ありまして、あの辺も処刑場だったらしいです。
都内に数か所あるようですね。
仕事で近くに行った時に
身体がゾクゾクしたのを想い出します。
色んな処刑場がありますが
当時を想像するとマジに身震いします・・・。
こちらでは鼠小僧の処刑もされていたそうですね。
私も小学校で教えられましたし、現地へは何度も訪れました。
やはり刑場跡と聞いておりますので、子供の頃から持っている怖い印象は今でも残っておりますよ。
小塚原は、コンクリートに囲まれていてこんなに緑はなかったと記憶しています。吉展ちゃん地蔵もあって、手を合わせました。
経緯がわかれば太田か大田でもう迷わなくなります。
刑場跡の史跡ってあるんですね?! なんだか鳥肌立ちました~
こんばんは
そういえば仙台にもそう言った地名で残っている場所があります
史跡にはこういった場所もあるんですね